人魚は即効性

狩野緒 塩

人魚は即効性

 京都府某所。現在十一月も半ばという時期。人として”終わっている”大学生生活を謳歌し、卒論という死神から逃げ続けている私は、不安感から午後四時頃に散歩に出かけた。


 ふらふらと行く当てもなく、絶妙に観光客のいない場所を冷やかす。すると、古びたビルや民家に挟まれた町家があった。


 小さく作られた金属製の看板があり、そこには”逢魔時下弦堂”の文字。読み方は、おうまがときかげんどう、だろうか。


 漢字の多い店名に少々ビビりつつも、意を決して入ってみる。


「いらっしゃい~」


 中に入ると、カウンター席に座った店主らしき女性が手を振っている。ジーパンに鈍色のタートルネックというラフな出で立ちで、背中まである長い黒髪も不揃いだったが、妙に洒脱だ。


 私は辺りを見回した。店内は、いわゆる”脅威の部屋”と言われるような博物陳列室のようだ。そして店には客と呼べる人間が私くらいで、閑古鳥が鳴いている。


 壁には火男やのお面がずらりと並び、棚の上にはぬえと書かれた何らかの動物の剥製やら怪しい小物やらが飾られている。天井から吊り下げられているのは和紙で作られた照明であり、和風にまとめられている。


「どうぞごゆっくり。ここ、雑貨屋だけれど、実は喫茶店でもあるからね」


 言われるままにカウンター席に座り、メニューを読む。そういえば、朝から何も食べていない。


 ”今日のスープ ~河童の皿に乗せて~”や、蓬莱の玉の枝スペシャルドリンクなど怪しげな料理名ばかりだ。


 その中でも一日五食限定、人魚の唐揚げ定食というのが目に入った。


「面白いだろう? 人魚は偽物ニセモノだが、旨いぞ」


 作っている本人がそれを言うのかと思ったが、何も食べていないと実感した途端おなかがすき始めたので、それを頼むことにした。


「ほい、おまちどぉさん」


 約二十分後、目の前に運ばれてきたのは、つやつやとしたご飯に豆腐とわかめの味噌汁、あんかけのかかった”人魚の唐揚げ”に、付け合わせの里芋の煮物とほうれん草の浸しだった。


「いただきます」


 温かなご飯と唐揚げが合う。とろりとしたあんかけは醤油ベースで、唐揚げの味を引き立てている。そして”人魚”であるが、衣でよく見えないが鯛のような鮮やかな色の皮に、身の味は淡泊で、これは多分白身魚を使っているのだろうと思われた。


 次に味噌汁をいただく。味噌汁と言われたら思い浮かべるような豆腐にわかめという具材であっても、味噌の風味が存分に引き出されている。辛口の米味噌に、これは酒粕が入っているらしい。底冷えする冬に身体が温まる。


 里芋は素朴な味付けで、小ぶりであったがほくほくと柔らかかった。この里芋は付け合わせなので二つしか小皿に乗っていないが、無くなるのが名残惜しいので小さく箸で切り分けて食べる。この煮物を主菜にしても良いほどだ。ほうれん草の浸しもシンプルな味付けだが、それでいてご飯が進む。


「ごちそうさまでした。美味しかったです」


 遅い朝食に満足して、お会計へと進もうとすると、店主が青ざめた顔をしていた。


「どうしたんですか?」


 思わず私が問いかけると、店主は自身の頭を掻いた。


「やっべ。ごめん、その人魚本物ホンモノだったわ」


 偽物じゃなかったのかよ!? 


 その言葉を聞いた私は、驚きのあまりご飯を喉に詰まらせて死にかけた。

 だが、結果的に死ななかった。


 なぜかって? 


 そりゃもちろん”人魚の唐揚げ”は、すでに飲み込んでしまって胃の中だったからだ。





 


 

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