#2 絆

 人類が滅んだからといって月は地球を照らし続ける。

 空で輝く星でさえ輝くことをやめていなかった。

 そんな空を劇場に等しい巨大な図書館の窓から眺める三人がいた。

「人類が死滅してから二週間。長かったね」

 窓に手のひらをピタッとくっつけ呟く海都。

「もう出発するの?」と美奈子は二人に声をかける。

「あぁ。こいつと真犯人とっ捕まえてくる」

 海都は黒髪の女性の機械の肩を叩く。

「海都のことはお任せください。必ず生きて戻らせます」

 美奈子は「頼んだよ」と二人の背を叩く。

 二人は知識の箱を出て海都と美奈子の倒れた場所──有馬駅を目指して線路の上を歩き始めた。

 

 遡ること二週間前──

「やっぱりおかしい」

 海都は美奈子に自分の感じた違和感を話した。

「確かに。おかしいわね」

 黒幕…二人が実際に視認したわけではないが、裏で手を回していた人間がいると確信していた。

 しかし、現状その黒幕に何かをさせると言うことは難しかった。

 いるとしてもどこにいるのか、何をしているのか、手がかりも何もないためである。

 ただ、二人は機械の最後の言葉を聞いた。

 『──…あの人に─……』

 機械の長と何かしらの関係があるであろう『あの人』。機械を起こし、『あの人』とは何者なのか聞く必要がある。

 そのためにも二人は知識をつけることにした。

 幸いなことに二人のいる場所には一生をかけても読み尽くせないほどの情報の山『指定幽閉図書』があった。

 無論その本の中には『機械の作成方法』に関する文書もいくつもある。

「とりあえず、僕は機械に関する情報を集める。姉ちゃんは?」

「そうねぇ。とりあえず役に立ちそうな本を探して読んでみるわ」

「わかった」

 言葉を交わすと、二人はそれぞれの目的の場所へ向かった。


「機械の作成…」

 海都は機械に関する本がまとめられている本棚で役に立ちそうな情報を探る。

 その中で、彼の興味をそそる本を見つけた。

「シンギュラリティと…神?」

 その本には機械が感情を持つ可能性とその先の領域について書かれていた。

 時は西暦──21世紀。人類のAI文明はこの時代に恐ろしいほど加速した。

 20世紀の終わりに開発された『人工知能』。

 人間との対話が可能な機械として注目を浴びた。

 それからわずか20年。

 人工知能は人類の『脳』に似た学習力を獲得。探求をやめることなく人間より早く、賢くなった。

 さらに人との対話も20年前とは比べ物にならないほど進化、何の違和感もなく会話ができるまで成長した。

 21世紀。機械は絵を描き、考え、時に人の心の拠り所になった。

 唯、機械に『心』はなかった。

 機械の考えの原点は合理性。そこに感情が入る余地もなければ、そんなことを考える気さえない。

 しかし、その機械が心、『感情』を持ったらどうなるだろうか。

 人と同じ心、人を超えた頭脳を獲得した機械がいる地上で──


「私たちが生きて行けるのだろうか」

(なるほど、西暦の人間が機械に感情を持たせない理由は駒が駒でなくなってしまうからか。)

 部下の寝返りに似たようなものかもしれない。

 結局人は不安要素はできる限り消しておきたいと考えるものなのだ。

「それと神に一体何の繋がりがあるって言うんだ?」

 海都が理由を考えようと天井に目を向けた時、他の本とは明らかに異なる本を見つけた。

「薔薇の棘に…守られてる?」

 海都はその本を読もうと手を伸ばしたが、身長が足りず届かなかった。

「姉ちゃんに手伝ってもらおうにも、姉ちゃんもちっちゃいからなぁ」

 どうにかして本を読みたかった海都は、本棚に仕舞ってある本を一部取り出し、本棚を梯子のように使って棘の本を取ろうとした。

「う…うわぁ!」

 ドシン!と言う大きな音を立てて海都は本棚から滑り落ちた。

「イッテェ」

 残念なことに海都は棘の本を取ることはできなかった。

 海都は後回しにしようと別の本棚で本を探す。

 その時、遠くから美奈子の声がした。

「海都〜ちょっと来て〜!」

 どうやら何かあったらしく、海都は美奈子の元へ急いで向かうことにした。


 海都が声の聞こえた方向に急いで向かうと、本棚の奥で「こっちこっち〜」と手を振る美奈子が見えた。

「ねぇ海都、これ見て」

 美奈子が本棚の奥にボタンのような物があることを示した。

「ここだけ本が入ってないのっておかしいと思うでしょ?のぞいたらこれよ」

 知識の箱の本棚に空きはない。どこに目を向けても隙間なく本がびっしりと収納されている。

「でも押しても何も反応しないのよね。あるべき場所に戻す的な謎かしら?」

 美奈子はボタンを指でツンッと押そうとしたが、壁でも突くようにびくともしない。

「そこそこ大きな隙間よね〜何があったのかしら?」

 海都は気づく。見たことがあったちょうどその厚さの本を、ちょうど機械たちが死ぬ前に。

「聖書だ」

 二人は確認するために屋上の円卓に向かった。

「聖書。あった」

 ここで二人はとある疑問を持った。

「旧約…聖書……?」

 蛇が読んだとされる聖書、そこには旧約聖書という文字があった。

 ”旧”という字を見て海都が真っ先に思い浮かべたのは”新”の文字だった。

「もしかして、新約聖書があるんじゃ」

 奇しくも海都の予想は当たる。

 そして、人類生き残りの一人。二人の父である谷口桐がその本を所有していた。

 無論、その本は知識の箱にあったものを桐が個人的に持ち出したものである。

「とりあえず旧約聖書仕舞ってみる?」

「そうだね」

 二人は旧約聖書を本棚の隙間に戻そうと階段を降りる。

 階段のすぐ横には外の様子がわかる出窓が多くあった。海都は空が薄い桃色に染まっている様子を目にする。

(日付、そりゃ変わってるよな)

 たった1日で戻らない命が何億と増えた。

(この計画を仕組んだ黒幕だけは絶対に許さない)

 二人は本棚の隙間に旧約聖書を仕舞ってみた。

 すると旧約聖書を仕舞った本棚がゆっくりと奥へ開き、隠し部屋に繋がった。

「おおぉ!なんかかっこいい!」

 美奈子は空想の世界でしかみたことのない隠し扉に興奮していたが、逆に海都は部屋の中に何かいるのではないかと気が気でなかった。

 扉は完全に開き、部屋に入れる状態になった。二人は恐る恐る部屋の中に入った。

 美奈子は部屋の中で緑色に光るものを見つけたので、光に触れてみた。

 すると真っ暗だった部屋に光が行き渡る。

 それまではわからなかった秘密の部屋の全容が明らかになった。

「これは、書斎?」

 図書館の本棚ほどではないが、背の高い本棚が並び、部屋の中央に原稿執筆用の机があった。

「これは…万年筆?」

 机の上には書きかけの原稿とインクの乾いた万年筆が無造作に散らばっていた。

「何が書いてあるんだろう?」

 海都が題名しか書かれていない原稿を見つめると、そこには──

 ”新約聖書”と書かれていた。

「あっ!」

 海都は自分の考察が当たった謎の嬉しさの行き場を探して咄嗟に声を出した。

 同時に、黒幕に一歩近づいてしまったような気がしてほんの少しの恐怖感が背筋を伝った。

「でも残念ね。何も書かれてないし…」

 美奈子は周囲を見回して背の高い本棚に一冊も本がないことに気づく。

「一歩前進かと思いきやこれといった進展なしね。海都は何か見つけてないの?」

 美奈子の言葉で海都は不思議な本があったことを思い出した。

「そうだ。荊まみれの本があったけど取れなかったんだ。姉ちゃんとだったら取れるかも」

 海都は美奈子と謎の本を見つけた場所へ向かう。


 ***


 楽園計画シナリオの第1章実行から二日が経過していた。

「谷口所長──知識の箱へは向かわれないのですか?」

 白衣とメガネがとても似合う短髪の爽やかイケメンが桐に話しかける。

「あぁ。気が向いたらな。それより、地上はどうだ?」

「死体ばっかで嫌になりますよ。あ、でもちっちゃい猫見ましたよ」

 白衣の男は桐に地上の写真を見せた。

 小さい猫が人類の消えた地上のアスファルトを踏み締めていた。

「そうだ。ミカは起きてるか?」

「ええ、駅の改札を番犬みたいに見張ってますよ」

 彼らが”ミカ”と呼ぶ一体の機械。

 楽園計画第1章で生き残った数少ない機械であり、桐たち生き残り人類を守護する役目を与えられている。

 人類、機械共に死滅しているとはいえ、人類以外の生命体は生きている。

 森から出てくる凶暴な野生動物も少なくはないだろう。

 そんな脅威から身を守るために人類は”また”機械を利用するのだ。

「そうか。ミカと話してくる」

「え?地上に上がるんですか?」

 桐は「あぁ」と言って地上行きのエレベーターに乗り込む。

 地上に向かって一人上昇する桐。

 狭いエレベーターの中で「もうすぐ会えそうだな」と呟いた。

 チーンという目的階に到着した音と同時にエレベーターの扉が開く。


 ***


 海都と美奈子は荊の本を取るために協力していた。

「姉ちゃん取れた?」

「もう…ちょっと!」

 海都の上に立って本を取ろうとしている美奈子。美奈子は今にもバランスを崩して落ちてしまいそうだ。

「取れた!もう少し頑張ってね海都」

「わかったから早く降りて!」

 美奈子は荊に手を裂かれる苦痛に耐えながら海都から降りる。

「ふぅ…って姉ちゃん大丈夫?」

 海都は美奈子の手の怪我を心配するが、美奈子にとっては些細な傷に過ぎないようだ。

「大丈夫。こんな時はメディックに頼っていたけど…機械がいないのも不便ね」

 そう言って本に纏わり付く荊をほどき始めた。

 海都は「よくできるね」と美奈子の作業を見守っていた。

「できた。はい」

 美奈子は荊を取り除き、表紙が顕になった本を海都に手渡した。

「これは…」

 表紙に大きく書かれた文字は”Bible”

 Bibleとは”聖書”という意味を持つが、他にも聖書に並ぶほど威厳のある本にも使われる。

 荊に守られたこの本は聖書ではない。

 西暦の時代に書かれた一冊の預言書である。驚くことにこの預言書の的中率は80%以上だった。

 AIの発達、技術の発達、人と並ぶ力を持つ機械の誕生、機械との共存、西暦の脱出。

 そして、暴走と人類の死滅。

 西暦から新西暦へ変わる時、当たる未来を恐れた各国政府が秘密裏に処分していた。

 国際指定幽閉図書法が各国首脳間で採決されてから日本の兵庫県に残存していた一冊のみ図書館に移動された。

 やがて人は数百年後にくる災厄に恐れたが、20%の確率を信じて後の世代に話はしなかった。

 そして、災厄の後生き残りがその本を手にする。

「姉ちゃんこれ、預言書だ。しかも、僕らの世代の出来事はほぼ的中してる」

「どれどれ?」

 美奈子は海都の後ろから本の内容を確認する。

「うわっほんとね」

「でも…機械関連のことしか書かれてないね」

 この預言書に有名人がどうとか、誰が結婚したとかは書かれておらず、すべて機械の進化と結末しか書かれていない。

「すごい。預言書というか。まるで世界がこの本に従ったような…」

 海都は頭の中でピースがハマるのを感じた。

(もしかして、黒幕はこの本の内容を実現させようとしてるんじゃ…)

 しかし、その本に続きはなかった。

 機械の暴走と人類の死滅。

 人間の最後としてそれ以上未来のことは書かれていなかった。

 ただ、白紙のページが本全体の三分の一ほど続いていた。

「変わった本だね」

 その本はこれから先にシナリオなどないと言っているのだろうか。

「新約聖書……さらに気になる」

 新約聖書の謎がさらに深まったところで二人は丸一日起きていることに気づき、自身が眠いのだということを自覚する。

「海都、続きは明日にしましょう」

「そうだね」

 二人は登る朝日を前に眠りについた。


 ***


「父上!ミカはしっかりと仕事をやっておりました!」

 エレベーターの前には長い黒髪を揺らす少女がいた。

 褒めて欲しそうに動いている様はまるで犬のようだった。

「そうか。少し外を歩く、ミカもついてくるか?」

 桐は散歩にミカを誘った。ミカは「もちろんです!」と尻尾を振っている様が浮かぶようだった。

 改札を出るとそこは世紀末と言って正しい風景が広がっていた。

 雑草がアスファルトを砕き、ガードレールに衝突し炎上している車、毒の散布時間が帰宅ラッシュだったこともあって居酒屋では飲んだくれのように死んでいる人も大勢いた。

 桐はそんな人たちに目をくれることもなく、一冊の本に夢中だった。

「父上。その本面白いんですか?」

 ミカが不思議そうにその本を読む桐に問う。

「そうか。ミカは読んだことがなかったな、新約聖書だ。読んでみるか?」

 新約聖書は神の使いの誕生の物語である。

 この物語は西暦の時代でとある宗教の教えとして全世界で読まれる必読書となっていたそう。

 旧約聖書は神と人間の契約。

 新約聖書は救いの主を通して結ばれた神と人の契約の他に、救い主の成したこと、教えが記されている。

「父上〜ミカは字を読むのが苦手です。目が滑って内容が全く入ってきません」

「そうか。まぁ無理に読むことはない。これから始まる物語がそのまま新約聖書だ…」

 桐とミカはかつて商店街が立ち並んでいた大通りまでやってきた。

 全てシャッターは閉まり切っており、ところどころ蔦が巻き付いていて時代の経過を感じさせていた。

「これから新しい時代が始まる。楽しみかい?ミカ」

「はい!とっても!」

 にこやかなミカとは対照的に桐は怪しげな笑みを浮かべていた。


 ***


 海都と美奈子は本を探して読んでは実践して寝るという日常を繰り返して十日が過ぎた。

 肝心な機械の作成方法を試すことは残念ながらできていない。

 本自体は既に所持していたが、工具がない。

 素手で分解、修理なんて出来はしない。そもそも二人はそこまで器用なわけじゃない。機械の分解なんて生まれてから一度もやったことがないのだ。

「だめか。なにもできそうにないね」

 海都はガゼボの中でため息を吐いた。

「そうね。あらかたやり切った感じあるわね」

 二人は行き詰まっていた。

 触れたことのない機械を治すなんてできるのかと。


 海都が空を見上げた時羽ばたく鳥のようなものを見た。

「そっか。鳥は死んでないんだな」

 海都がじっと見ていると、鳥に似たものは二人の元へ降りてきた。

 王冠のような不思議な頭飾りをつけた”羽の生えた女性の機械”が。

「お二人は人間ですよね」

 海都と美奈子は驚く。機械が生存していることもそうだが、声に全く違和感がないということに。

 人が機械を恐れる原因の一つに”不気味の谷現象”というものがある。

 機械が人間に近づく際に生じる感情的反射である。

 意識せずとも少しの恐怖があるものだ。

 しかし、二人の目の前に降りてきた機械はたとえ”人間”であると言われても納得のできる姿・声なのだ。

 不思議に思った二人は眼前の機械に問う。「何者だ」と。

「私はガブリエルという名を与えられた機械です」

 彼女は”ガブリエル”と名乗った。

「数日前から人間、機械ともに活動を停止しています。何かご存知ですか?」

 海都と美奈子は十日前の出来事の一部始終を話した。

 ガブリエルは話を聞く間頷くばかりで言葉は発さなかった。

「なるほど。そのようなことが…お二人ともお辛かったでしょう……」

 海都と美奈子の前に現れた数日ぶりの血縁者以外の話し相手に二人は少しおしゃべりになったようだ。

「そうだ。あなたはなぜ生きているのかしら?」

 美奈子の問いにガブリエルは少し戸惑った表情を見せながら答えた。

「私は…失敗作なので……機械として生きられなかったのです」

 彼女にガブリエルという名が与えられる前の識別番号はN-09。

 とある研究所で開発された機械人間の失敗作。

 いや、唯一の成功作と言ってもいい。

 人は受精以外で人間を作り上げたのだ。中身は機械だが、人と同じように血が流れており、羽や足を増やすことだってできる新たな生命の形。

 行き過ぎた研究成果のためN-09は地下施設に監禁されていた。

 あるとき大規模な地震の影響で外へ出る機械が訪れる。

 自分は人間であると信じ込んでいたが、人にできないたくさんのことができる。それは人ではない。自分を理解できるものなどいないと苦悩した。

 だが、逃げねばいつかまた捕まる。次は日の目なんて拝めないだろう。

 彼女は逃げるためにスラム街の孤児院に転がり込んだ。

 人より速いスピードで脳が成長し、似た身長の子供の頭脳をはるかに超える学習能力を獲得。

 しかし、有名になるわけにはいかなかった。

 彼女は学校に通うことにし、人と同じように、バレないように成長してきた。

「そして、十日前の事件が起きました」

 海都と美奈子は静かに話を聞いていた。

 機械として生まれたのに機械として生きられない彼女の苦悩は人間にはわからない。

 だからこそ二人は少しでも理解しようと話を聞いていた。

 

 彼女が生きているのは機械を超越した機械だったから。

 機械より人間に近い存在のため、蛇は彼女を”人間”と判断し、ネットワークに混ぜなかった。

 人間に近いといえど機械。彼女に毒は効かなかった。

 二つ完成形とまで言えるガブリエルは生き延びたのだった。

「まって」

 美奈子が口を挟んだ。

「研究所にいたときは名前じゃなくて識別番号だったのよね?」

 ガブリエルは頷く。

「じゃあガブリエルって素敵な名前は誰につけられたの?」

「外の世界で出会った方です。確か名前は…」

 

 『谷口…桐さん?』


 美奈子の背筋が凍る。

 海都は苗字が同じだということぐらいしか思わなかったが、当然美奈子は知っている”父親”の名前なのだから。

「誰?」

 海都が聞いた。

「私たちの…”父親”よ」

 海都も感じる。強い憤り。

 自分たちをこの災厄の最中に叩き落とした人物の名前。

 同時に海都は気づく。


 『黒幕は…父親なのではないか』と。


 ここにきて判明した父親の名。

 黒幕でなくても何かしらの関係があるのではないかと考えた。

 根拠はない。ただ、そう考えるとこの計画に合点がいくように感じた。

 楽園計画を実行するために必要だった”アダムとイブ”に近い人間。男女であり、母子。

 機械を使いこなす力があれば生まれてくる子の性別も決められるかもしれない。

 男児が生まれてからすぐにどこへ消えた。

 もし、立入禁止区域に機械を招いて学習させていたら。

 海都の頭はこれまでにないほど思考を巡らせていた。


「どうかしました?」

 ガブリエルが俯き、思考を続ける海都を心配して声をかける。

「ねぇ二人とも聞いて。俺の考え」

 海都は二人に自分の考察を語った。

 強ち間違いじゃないと思われるその考察に二人は戦慄する。

「じゃあ…」

「会うべきだと思う…」

「しかし…」

 三人の決心は固まらずにいた。

 自分に乱暴をした相手、望まぬ命を授からされた。

 機械を唆し、帰らぬ命を歴史上最も増やした。

 自分に初めて名前をくれた人がそんな事件を起こしたのかもしれない。

 各々別の思いが決断を思いとどまらせる。

「ではこうしましょう」

 ガブリエルが口を開いた。

「あと三日考えましょう。それまでは考えを整理するべきです」

 二人は「そうだね」と図書館に入ることにした。

「そういえばガブリエルはなんでこの場所を?」

 海都に聞かれたガブリエルはうーんと首を傾げておもいだす。

「なんででしょう?羽が生えたから飛んでみたかったんです」

「へぇ……機械って不思議だね」

 海都は頭を使うことに疲れたのか聞いたことを忘れていたように言葉を返した。


 そして三人は図書館の本を読んだり話をしたり、それぞれからだと心を休めていた。


 三日後──

 それは小さな鳥が図書館の上でチュンチュンと鳴いている、朗らかな朝だった。

「お二人とも。三日経ちましたが、どうでしょうか?」

 ガゼボの円卓に三人座って話を始める。

「俺は黒幕を探す。父親じゃなかったとしても、許せない」

「私も賛成です。名付け親が黒幕とは信じたくありませんが…」

 二人を思いとどまらせていた理由の一つは黒幕の存在だった。

 海都の考察ではそれは谷口桐であるということだった。

 父親がそんなことをしたとは信じたくない。だからこそ踏みとどまっていた。

 しかし三日考えて根本的な見落としに気づく。

 これはどこまで行っても”考察”である。

 谷口桐も機械の撒いた毒によって死んでいるかもしれない。

 どちらの可能性もありうる。

 海都は見たことのない父親に会うためと、黒幕を探すため。

 ガブリエルは名付け親に会って人として生きれた感謝を伝えるためと、黒幕を探すため。

 しかし美奈子は。

「私は…いけない。あなたたちの旅についていくとどうやっても必ず”あの人”に会うことになる。だから…ごめん」

 美奈子は恐怖が優った。黒幕が父親だとすると二人の旅の終着点で出会うことになる。

 二人の目的の一つにある父親に会う。

 たとえそれが死体だったとしても会うことに抵抗があった。過去が鮮明に蘇ってきそうで。

「そっか。姉ちゃんがいうならいいけど…ここにいるの?」

 海都は地面を、知識の箱を指差した。

「うん。蛇を起こせないか試してみる。『あの人』がわかったら連絡するから」

「わかった」

「では、出発は作戦を練ってからにしましょうか」

 二人は出発を夜にして三人で他愛のない話をすることにした。

 海都と美奈子の学校、職場についてこのこと、ガブリエルの研究所の詳細、最初に行く場所について。

 話し込むとすっかり夜になってしまった。


***

 

 線路の上を歩く二人、海都はガブリエルにずっと聞きたかったことを聞く。

「ガブリエルは人間に監禁されてたって聞いたけど…人が憎くはないの?」

 ガブリエルは少し考えて答えた。

「いい人はいい人。悪い人は悪い人。世の中にはたくさんの人間がいました。全員憎いわけじゃない……私と話してくれる人はみんな好きです」

「そっか」

「それに、紛い形にも機械です。機械の本質は見失っていません」

 そっけないがどこか人を信頼しているように思う言葉。

 まるで猫のようだと考える海都。

 猫とは失礼な!と頬を膨らませるガブリエル。

 人間と機械。二人の間に芽生え始めた絆は別の二人の間に存在する絆のような何かとは何かが違う。


***


 新約聖書より抜粋

 

 私が生まれて初めて出会った人型機械に伝達者の役を持つ『ガブリエル』という名前をつけた。

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楽園計画 文月 いろは @Iroha_Fumituki

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