第16話 Negotiator

東京都港区 ニュー山王ホテル




 このニュー山王ホテルは日本国内に存在するその他の宿泊施設とはかなり毛色の異なる施設であると言えるだろう。ホテルと言う名を冠しているだけあって宿泊施設として機能はしてはいるのだが一般の客は利用することが出来ず、在日米軍関係者のために存在する施設であるのだ。米海軍が管理しているこの施設に俺はつい先ほど例の二人組に連れられホテルの一室に案内されたのであった。




「この部屋で暫くお待ちください。」




どう見てもホテルのボーイと言う感じには見えない男は俺にそう告げる。




...この場合チップは渡さなくていいのだろうか?海外ではホテルのボーイにチップを渡す文化があると言うが今回は...まあ大丈夫であろう。




 このニュー山王ホテルは日本国内に存在しながら日本ではない場所と言えるだろう...扱いで言えば大使館や米軍基地に近い存在と言えるかもしれない。




 ホテル内部の空気はまさにアメリカンでありなんとカジノまでついているのだから驚きだ...まあ俺はそのカジノで遊ぶことは出来ないであろう... 




基本俺はあまり賭け事はしないのだが、趣味である映画の影響もあり人生で一度はカジノで遊んでみたいという願望はある...




 (なら後で私が頼んでやろうか?一応貴様には世話になっていることだしな。)




 言い方に棘がある気がするが、サラは彼女なりに俺の事を気遣ってくれているのだろう...もしかしたらサラもカジノに行ってみたいだけかもしれないが。




 それにしても随分といい部屋を用意してくれたものだ...




 たまに泊るビジネスホテルとは大違いだなこれは...こんなことが無ければ一生縁のない部屋には違いない。




 俺はベッドに飛び乗ってマットレスの柔らかさを確認してみる...なんとなくホテルに泊まった時にやってみたくなることだよなこれ。




 おっと、あまりはしゃぎすぎないほうがいいかもしれん。恐らく監視カメラなり盗聴器なりが仕掛けられているはずだ...まあ別に見られてもいいがちょっと恥ずかしいからな。




 次に俺は冷蔵庫を開けるとそこにはいくつかドリンクが入っていたがアルコールの類は存在しなかった...まあこれから恐らく聴取が始まるのだろうから飲まれては困るという事なんだろう。せめて後でバーくらいは使わせてほしいものだ。




 タバコは吸わないが酒はまあまあ好きだ、こういう雰囲気の場所ならワインにウィスキー...カクテルなんかを飲みたい気分になる。




  俺は冷蔵庫からコーラを取り出して一気に飲み干した...今はこれで我慢するしかない。




 折角こんな部屋を用意してもらったのだからくつろいでおこう。今更緊張してみたところで疲れるだけなのだから。




 30分ほど経過した頃に部屋のドアがノックされ数人の男が室内へと入ってきたのだ...




 彼等は軍人だろうか?それともCIAかもしれない...まあアメリカにはそんな類の組織が沢山あるらしいので詳しくはわからん。




 それからその男たちは俺に代わる代わる質問を浴びせてきた...名前と年齢や職業など当たり障りのないことから麻薬をやったことがあるか...などの問いが続いた後、ついに本命の質問がぶつけられたのだ。




 「では、あなたが我々に接触してきた目的についてお聞かせ願いたい。」




 俺の出番はここまでだろう、俺は目の前の男にテレパシーを送りその後の話を全てサラに任せた。




 テレパシーを受信した相手はその鋭い表情に一瞬の動揺を見せたが、流石はプロと言うべきか直ぐに元のポーカーフェイスに戻ったのであった。




 そして一連の経緯をサラが説明し終わると暫しの沈黙が訪れた...いや実際にはテレパシー中は言葉を交わしていないのでその表現は正しくないのかもしれないが。


 


 (なるほど。君たちの事情は把握した...テレパシーと言うものを体感させられたのだから君が解離性同一症ではないということも理解したよ。)




 (理解が早くて助かる。これで合衆国は私の話を信じてくれたと判断して構わないだろうか?)




 (...そう考えてもらって構わない。それで君は一体合衆国に何を求める?まさか無償で技術を提供するなどと言う事は言うまい?)




 (私はあまり交渉事が苦手なので単刀直入に言わせてもらう...求める物はただ一つ、救援だ。)




 (救援?)




 (そうだ、我々の国家はもはや既に存在しない。アンドロメダ銀河において帝国に抗う力はもう存在しないのだ...だからこれは交渉ではなく助けの声だと思って聞いてほしい。時間はかかっても構わない...アンドロメダ銀河を、私達の惑星を助けてほしい。そのために地球の力が、合衆国の力が必要なのだ。頼む、私達を助けてくれ...お願いだ。)




 俺はその時サラの悲痛な叫びを初めて感じ取ったような気がした...今までの彼女の態度とはかなり異なるそれは彼女が本気で自らの銀河を、惑星を救いたいと言う思いが現れた物なのかもしれない。




 




  そして俺たちへの聴取が終わり彼等はホテルの部屋から出て行ってしまった。交渉は一応の纏まりを見せたというべきなのだろうか?




 なあサラ、お前本当に自分の故郷を救いたいんだな...君があれほど悲痛に、真剣に助けを求めるなんて...






 (ああ、まあ...あれは半分演技だ。)




...え?




 (ほら、アメリカ人と言うのはロマンチストが多いと言うのでな、ああいう頼み方の方が受けがいいと思ったのだよ。)




 ......一瞬あんたを見直した俺の気持ちを返してくれ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る