「カクヨムWeb小説短編賞2023」生きる希望になりたい

@rinka-rinka

Episode

4月23日


その日俺は足の激痛で目を覚ました。

熱っぽかったので体温計を取り出した。


40.2 ℃ の高熱。


その後、慌てて両親に病院へ連れて行ってもらったが、記憶がおぼろげだ。

これはそんな話から始まる俺の入院生活の記録と思い出。



4月26日


病院で様々な検査をしてもらった。


急性リンパ性白血病


これが俺の病名だ。

骨髄性白血病と違って骨髄移植が必要ではないらしい。


正直言ってかなりつらい日々だった。

病院のベッドに透明なスクリーンがかけられ、俺はトイレ以外ここから出ることを許されなかった。

ろくに身動きもとれないし、暇だし、まだスマホなんて持ってなかったからゲームもできないし…

なにより病院のご飯が全く美味しくない。


「お母さん、このご飯もういらない!」


俺は病院のご飯をお母さんに無理やり押し付けてしまった…。


こんな日々が続くのを考えると嫌気が差した。


5月3日


月に二回手術が行われる。今日は5月分の一回目。

麻酔が打たれたんだけど、何故か意識は少しあったんだよね…


無事に手術を終えた。



5月18日

俺はいつも通り目を覚ましたんだけど、ベッドの横で先生とお母さんが話をしているのが聞こえた。

「最悪の場合、死に至ることも想定しておいてください。」

「え、息子は治らないんですか!」

「もちろん、我々も最善を尽くします、しかし、そうですね、成功確率は約6割です。」

「6割、ですか…。どうか息子をよろしくお願いします」

俺の容態結構やばいんだ。

会話を聞いてて、そう思った。

成功確率は約6割。

逆に言えば4割の確率で死ぬということ。

途端に俺は死の恐怖に襲われた。

今までは心のどこかで助かるだろうと、楽観的に捉えていた。


その日から、静寂と暗闇に包まれる「夜」が怖くなった。

俺という存在が今にも薄れて消えてしまいそうで。

ああ、死にたくない…な



7月10日


今晩は一人だった。

両親はいない、もちろん先生もいない。


一人だと気づいた途端、急に不安になった。

あんまり覚えてないけど、泣いていたらしい。


「どうしたの、大丈夫?」

優しそうな声音と瞳で俺の前に現れたのは、ベッドが隣の女の子だった。

「え、あなたは…?」

「私はね、鈴っていうんだ。よろしくね。で、君が不安そうにしてるから、どうしたのかなって。あ、ほら、頬濡れてるよ。」

そう言って、彼女はハンカチで俺の雫を拭った。

「ありがとう…ございます。」

「いえいえ…話聞こうか…?」

「…お願いします…。俺白血病で入院してるんですけど、死ぬかもしれないって言われて…夜は特に怖くて眠れないし、不安で仕方がないんです…」

彼女は何も言わずに黙って聞いてくれた。


やがておもむろに口を開いた。

「そっか。つらいよね。私も入院してるからその辛さは全部じゃないけどわかる。だから、そんなときは楽しいこと考えよ?」

「楽しいこと…ですか?」

彼女は立ち上がってカーテンを開いた。

「見て!きれいでしょ。あれが夏の大三角。ベガ・デネブ・アルタイルだよ。」

彼女が指差す先には満天の星空が。

「本当だ…きれいだな…」

心にぽっかり空いていた穴が少しだけ満たされていく感じがした。

「そうだ!また辛くなったら言いなよ。一緒に星空見よう!」

「…はい。わかりました。そしてありがとうございます、お姉さん。」

「お姉さんじゃなくて、鈴でいいよ」

「わかりました。鈴さん。」

鈴さんはニヤッと笑って俺の肩を一回叩いた。

まるで、頑張れって俺を勇気づけるかのように。

でも、俺は鈴さんがベッドに戻るときに見せた儚い表情に気が付かなかった。

7月11日〜7月23日


俺は毎日鈴さんと星を見ながら話した。

楽しい、すべてを忘れられるかけがえのない時間だった。

生きる希望を見いだせていた。



7月27日


手術の成功と点滴などのおかげて、容態が回復しつつあると先生に言われた。

死亡確率がかなり下がったとのこと。


素直に嬉しい。

不安は鈴さんとの時間もあって完全になくなっていた。


今晩も鈴さんと星を見た。

綺麗だった。

でもいつもより元気がなさそうだった。

俺はそれに気がついていたのに…

「どうしたの?元気ないね?」

今となってはそう聞けばよかったと後悔してる。



7月28日


今日も鈴さんと星を見ることにしていたんだけど、鈴さんは来なかった。

なにか用事があるのか、それとももう寝てしまったのか…。

まあ、明日にはまた会えるだろう。

そう思って寝た。


7月29日


今日も楽しみに待っていたけど、鈴さんはやっぱり来なかった。

どうしたんだろう。

心配はしたけど、ただそれだけだった。


結局彼女は来なかった。


8月2日


今日もベッドで過ごすだけ。正直飽き飽きしている。


「そういえば、隣のベッド空いたらしいから、大きな声出しても良くなったよ。」

そうお母さんが言う。

「え、隣の女の子どこいったの?」

「あら?面識あったかしら?」

「前一緒に星を見たんだ。で、また見ようねって約束した。」

「そうだったのね。」

その言葉を最後にお母さんは口をつぐんだ。

何かを言おうとしては逡巡していた。

「で、その鈴さんはどこいったのさ?」



「お亡くなりになられたそうよ…」



「は…?」

俺はすぐには言葉を理解できなかった。

やがて時間が経つと、頭をガツンと殴られたような痛みを覚えた。

死んだ?鈴さんが?


放心する俺を取り巻くのは鈴さんとの長いようで短い思い出。

心が腐っていたときに、勇気と希望をくれたあの人。

星を見ながら笑いあった日々。

優しくて落ち着く鈴さんの声。


全部が頭の中でグチャグチャになっている。


「…悪い、母さん、一人にしてくれ…」

お母さんには申し訳ないが、一人になりたかった。

お母さんは何も言わず病室を出ていった。


ガン!

一発ベッドを殴った。

何なんだ、この気持ち…

強く拳を握りしめる。


悔しい?

つらい?

悲しい?

申し訳ない?


自分でもよくわからない。

ただはっきりしてるのは鈴さんはもうこの世にいないこと。


それを改めて自覚すると、徐々に冷静になっていく気がした。


ベッドから降りた。

カーテンを開ける。

いつも二人で見た、あの星空。


今日もきれいだな…

星を眺める瞳がだんだんぼやけてきた。


そっとカーテンを閉めた。

そしてまたベッドに横になる。


ずっとずっと泣いていた。

雫が溢れて止まらなかった。


誰もいない隣のベッド。

いくら音を立てても大丈夫。


だから、大きな声で泣いた。

グチャグチャの感情をすべて吐き出すように。





あれから数ヶ月が経った。

俺は順調に回復し、退院も目前であった。


誰もいない隣のベッド。

もう慣れた。


悲しみ、苦しみは全部、あの日に出した。泣きまくって全部出した。


俺はもう決めたんだ。

下を向かずに前を向く。


初めて鈴さんに出会った日、鈴さんに希望をもらったように、俺も誰かに生きる希望を与えたい。


辛さを一度味わった人間だからこそ、俺は他人の苦しみを少しでも理解し、寄り添ってあげられる人になりたい。









だから俺は今日も文章を綴ります。

俺の文章で名前も知らない誰かが救われると信じて。

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