君のことが好きだったから

ナナシリア

君のことが好きだったから

 三カ月前に、好きな人に告白された。


 私は当然それを受け入れて、私たちは付き合うことになった。


 彼は誰にも優しくとても紳士的な人だったけれど、私には特に優しくしてくれた。


「今の僕の中では、君が一番だ」


 彼の言葉は、信じずにはいられないほど説得力があった。


 そうだったのに。


 私の視線の先にいたのは、私が仲良くしている後輩と親しげに喋る彼だった。


 喋っている内容はここまで聞こえてくるわけではないが、後輩の言葉を聞いて彼は嬉しそうな顔をした。




 ——ああ、私は裏切られたんだな。




 それから私の頭はこのことでいっぱいになった。


 彼に優しくされても、表面上はいつも通りを装いつつ内心では吐き気を催して、気持ち悪く思うだけだった。


 後輩とあんなに親しげに喋っておきながら、私には優しくするんだ。


 憎しみが抑えきれなくなって、とうとう私から切り出した。


「好きな人が出来たら、私には直接別れてって言ってね」


 その言葉を聞いて、彼は狐につままれたような表情になった。


 見え透いた演技に、私は諦めの境地に達していた。


「君以外に好きな人なんて、この先数十年の間は出来る予定がないよ」


 あまりにも白々しい言葉。


 私は怒りに身を任せて殴りかかりそうになったが、一度自制した。


 ここで彼に殴りかかるより、彼を殺した方がより良い復讐になるだろう。


 後輩には私と彼が付き合っていることは伝えていないから、殺すべきなのは彼だけだ。


 私は彼のことが好きだったからこそ、彼のことが嫌いになった。


 凶器は、百均にある包丁を使う。


 彼を刺し殺した後は、自首する。


 だから、バレやすい場所で結構しても構わない。


 ただし、確実に実行するために、交番の前など実行する前に止められそうな場所は使わない。


 彼を誘い込みやすそうで、出来れば混乱を生まない――人通りが少ない場所が理想的だ。


 私の個人的な復讐で他人に迷惑をかけるわけにはいかない。私と彼の家族には迷惑をかけるが、それは必要な犠牲だ。


 条件に当てはまる場所は、校舎の屋上。


 私はすぐにスマホのトークアプリを開き、彼を呼び出した。


 そして、彼を確実に殺すために刺す場所は、心臓。胸骨の間を縫って一撃で突き刺す。


 それが駄目なら、頸動脈を切る。


 それでも失敗した場合は、グロいので出来るだけ避けたいが、目を突き刺してそのまま脳をほじくり返す。


 これで彼を、確実に殺す。




「それで、大事な話って言うのは?」


 決行当日、彼はぬけぬけと屋上へやってきた。私のことを裏切っておいて、なんて間抜けな。


 私は、逸る気持ちと高鳴る心臓を抑え込み、心臓を刺したときに抵抗できない距離感まで近づいた。


 適当に会話を繰り返し、隠し持った包丁を構える。


「なるほど、デートね。ちょっとスケジュール確認するね……」


 そう言ってスマホを取り出し操作を始めた彼を横目に、私は包丁を取り出して一気に彼の胸に突き刺した。


 覚悟はとうに決まっているはずなのにやけに包丁が重い。


 人の肉を少しずつ裂いていく感触が、包丁を通じて伝わってくる。


 零れ落ちた血は少しだけだった。


 彼が崩れ落ちた。


 包丁がするりと私の手をすり抜け、彼の胸に刺さったまま突き出た。


 彼の目はまだ光を失っていない。


 彼はこちらに目を向け、口を動かした。


「どう、して……」


 私は、彼がほんとうに私を裏切っていたのか疑問に思った。


 彼の目を覗き込む。


 彼は怒ってはいなかった。


 後悔しているという面持ちでもなかった。


 彼の瞳を満たしていたのは、ただただ純粋な疑問だった。


 彼の瞳を見た私は、私の認識が間違っていたことに気づいた。


「……」


 私は呆然とした。


 彼の胸から突き出る包丁の柄が、あまりにも無慈悲で残酷な現実を知らしめる。


 助けを求めて見渡すと、屋上の床には小さなビニール包装が落ちていた。


 私は血の付いた手でそれを開封した。


 真っ先に目に入ったのは、誕生日おめでとうの文字。


 その手紙に添えられたパッケージは、中にチョコレートが入っていることを示していた。


 手紙に書かれた文字は、彼のものだった。


 ——誕生日おめでとう。君の好物はチョコレートだと聞いたので、サプライズでプレゼントしてみたよ――


 続く言葉を読む気にはなれなくて、私は手紙をその場に放り投げた。


 私は膝立ちで再び彼の目の前に移動し、彼の胸に刺さった包丁を抜いた。


 彼の胸からは血が噴き出た。


 私の所為だ。


 床に落ちた手紙が噴き出た血を浴びて鮮やかな赤に染まった。


「……ごめん」


 一言だけ言って、私は呆然としたまま刃を自分に向けた。


「待って先輩!」


 聞こえたのは後輩の声だった。


 後輩が走りこんで、包丁を振り上げた私の手を取り押さえた。


 呆然としている私の手から包丁を取り上げるとすぐにそれを誰もいない方へ投げ捨て、警察と救急を読んで、私の目を見た。


「先輩」

「きみ、は。かれとなかよく、していたの」


 まともな日本語は喋れず、私の口から飛び出た言葉は片言の質問だった。


 後輩は、彼の脈を確認しながら答えた。


「あんまり仲良くないです。先輩に渡すプレゼントの相談をされたくらい。それより先輩、血を拭いてください。警察が来るのでそれまでなにもしないでくださいね」

「ぷれぜんと……」

「先輩、もうすぐ誕生日ですよね。その時に向けて、用意してたらしいですよ」


 またもや答えながら、後輩は首を横に振った。


「ぜんぶ、わたしのかんちがい……」

「先輩、落ち着いて」


 後輩が私を抱きしめながら言った。


 私は妙に暖かさを覚えて、意識を後輩の腕の中に渡してしまった。

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君のことが好きだったから ナナシリア @nanasi20090127

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