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 報酬という言葉を聞いてワッツは顔を引き攣らせる。


「お前、クミルをクエストのサポートとして同行させたろ? その報酬が、推薦状だったんだよ。ま、お前のことだから問題なくクリアできると踏んで、前払いとして推薦状は預かってたけどな」


 そういうことだったかと頭を抱えてしまう。


(アロムから依頼を受けた時に、家族も喜ぶからって言ってたけど……アレはこういうことだったのか)


 大金とか、日常生活に欠かせないモノなどの品で、ラーティアも喜んでくれるのだろうと考えていたが、まさか報酬が学園への推薦状だとは欠片も思っていなかった。


「あ、それとグランオーガを討伐して街を救った実績を書面に書いて、それも学園への推薦理由として送り届けるってアロムの奴、楽しそうに言ってたぜ。まあ、これはウミナの意見だったみてえだけどな」


 ウミナが関わっていると聞き、一週間前にグランオーガ討伐の件で報告したあと、部屋を出る際にウミナが含みのある笑みを浮かべていたが、アレもきっと推薦がより力を持つと分かっていたからだろう。


 街を救った英雄。その肩書は大きい。たとえ悪魔と呼ばれる赤髪を持つ存在だとしても、一つの街が認めた人物を、おいそれと不合格にはできない。


「……あのさ、俺……学園なんて興味ねえんだけど? ていうか母上には、前にも言ったよね?」

「ええ、聞いたわよ。でもね、私としてはワッツには、いろんな経験をさせてあげたいのよ。だって……私のせいで、あなたはまともな子供時代を送れなかったんだもの」

「そ、それは……別に気にしてねえよ! 俺は今、こうやって母上と一緒に暮らせるだけで満足してるんだから!」

「……本当に小さな頃から優しい子ね。けど、だからこそあなたにはもっと世界が広いことを知ってほしい。多くの人と出会って、多くのことを学んで、その上で、あなたが成したいことを決めてほしいのよ」

「いや、だから……」


 ワッツはそもそも、この世界のことを知り尽くしているといっていい。もしかしたら誰よりも、だ。


 その上で、この生活を継続することを選んだ。というより、主人公と関わるようなことをしたくないというのも理由の一つではあるが。

 何せ、帝都の学園こそ、原作の前半が描かれる舞台なのだから。


「ワッツ、学園への推薦はよぉ、ラーティアが、アタシとアロムに直接頭を下げてまで頼み込んだことなんだぜ」

「え? 母上が?」

「親にとっちゃ子供がすべてだ。特に自分のせいで、まともな暮らしをさせてやれなかったのなら、なおさら子供には幸せになってほしいって手願うのは当然だろ」

「だから、俺はもう十分幸せで……」

「もっとだよ」

「は?」

「もっともっと、お前には幸せを感じてほしいのさ。だろ、ラーティア?」


 ワッツがラーティアに視線を向けると、ラーティアが瞳を潤ませながらワッツに近づいてきた。そのまま子供の時のように優しく抱きしめてきた。


「ねえ、ワッツ。あなたが私のために頑張ってくれてること、知らないわけないでしょ? だって母親なんだもの。子供のことは誰よりも分かってるつもりよ」

「!? …………」

「あなたが、何か私にも言えないことを抱えていることも気づいているわよ」


 その言葉に衝撃を受けた。それが何を指しているのかは分からないが、隠していることがあるのは事実で、それを悟られていることに驚嘆する。


「もしかすると、学園に通いたくないっていうのは、その言えないことが関わってるのかもしれない。でも、もし……ほんの少しでも、外の世界に興味があるのなら、一歩……踏み出してみない? 他でもない、それはきっとあなた自身のためになるはずだから」


 若い頃、ルーシアたち仲間とともに旅をしていたラーティアだからこその言葉。


(興味……か)


 そういえば、ここはワッツ――和村月弥が、すべてを注ぎ込んでまでやり尽くしたゲームの世界だった。

 ゲームをしながら、いつか主人公のような冒険がしてみたい、こんな場所に行ってみたいなど、誰もが普通に思うことを夢想したこともある。


 それがどうだ。その願いを叶えられる舞台に立てたというのに、一つの街でのらりくらり。それが本当に和村月弥がやりたかったことなのか。そう問われればイエスとは言い難い。


 これは奇跡よりも奇跡な経験のはず。なら満喫するのが、ゲーマーとしての矜持ではなかろうか。


(そうだよなぁ……本当のことを言うと、主人公たちの物語を、実際にこの目で見たいってのもファンとしての想いがあるんだよなぁ)


 だって、あれほど夢中になっていたゲームの世界なのだ。大好きなキャラクターたちが生活をしている舞台である。それを望めば間近で見ることだってできるのだ。

 ファンだからといって、こんな経験ができる奴はいないだろう。このまま主人公たちに関わらず、ただただ時が過ぎるのを待つだけで本当に後悔しないだろうか。


 そう自問自答した時、明確な答えは出せなかった。

 つまり、迷っているということだ。


(一歩を……踏み出してみる)


 いみじくもラーティアの言葉が胸を掴む。

 だが、懸念ももちろんある。何せ、自分はワッツなのだ。死亡フラグ、破滅フラグ、そんな最悪な最期を迎える悪役フラグ満載のキャラクターである。

 これからの選択を少しでも間違えば、ゲームのような結末になりかねない。


「……母上」

「ん、何?」

「母上は……もし俺の選択が間違って、それが破滅に繋がっていたら……どう思う?」

「んーその時は、一緒に立ち向かいましょ!」

「……一緒に?」

「ええ、当然でしょ! だって、私はあなたの母親よ。あなたがどんな道を歩もうが、どんな失敗をしようが、どんな苦しいことが起きても、ずっと傍にいて支えるわ。だからもっと、親を信じなさい」


 ――トクン。


 何か……温かいものが胸に流れ込んできた。そのお蔭か、どこか苦しさを覚えていた胸のつっかえもまた取れたような気がした。


(……そっか。俺は……一人で頑張る必要は……なかったんだな)


 そう〝答え〟を得られたことで、ワッツは柔軟さを獲得することができた。


「おいおい、二人だけで盛り上がんじゃねえよ。てかワッツ、アタシだってお前が苦しんでる時は、傍にいて一緒に戦ってやるよ。だって、家族だからな!」


 本当にこの人は……。


(マジで男前だな。ついつい……惚れちまいそうだ)


 自分はきっと、周りに恵まれている。原作知識に苛まれ、必要以上に悪役フラグとしてのワッツを恐れていた。

 だが、もう一人ではないのだ。原作のように、たった一人で、孤独で、血の涙を流しながら戦わなくていいのだ。


(……なら、少しは楽しんでみるか)


 ゲーマーなのに、楽しむことを忘れていた。

 もう一度、ここから始めよう。ちょうど、もうすぐ原作が始まる。

 そこからまた物語を始めてみるのもいい。


 今度は、ただ生き抜くためだけではない。

 この世界を楽しむために。


 だからワッツは、微笑んでいる二人に向かって心からの言葉を伝える。


「ありがとう。俺は、いろんな経験がしてみたい!」


 それが、和村月弥としての第二の物語だと信じて――。




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ラスボスに利用される悪役フラグは立たせない ~前世のゲーム知識で救済ルートを作る~ 十本スイ @to-moto

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