第四十三話 ユビラ平原に向かう (ゴーバン元伯爵視点)

Side:ゴーバン元伯爵


 港街サルバドールの船着き場でわしはベンチに座っていた。

 日が照って暑い。

 海猫が頭上を鳴きながら飛んでいた。


 目の前は海だ。

 遠い水平線に入道雲がかかっていた。

 もう夏なのだな。


 わしは全てを無くした。

 領地も、城も、競技場も、全てだ。

 今のわしが持っているのは古ぼけた鞄の中身と、着古した服だけだ。

 金も残り少ない。


 ああ、没落したなあ。

 すべてはアガタのせいだ。

 あの女に手を出すのでは無かった。

 魔王戦争の英雄が牧場でひっそりと暮らしているなぞ、解る訳がなかろう。

 知っていれば……。

 破滅する事も無かっただろう。

 人生を賭けたトーナメント馬上槍仕合事業も破綻した。


 だが、もう無理だったのかもしれないなあ。

 黒騎士の業績に頼り切り、奴に大金を賭ける事でなんとか赤字を埋めていた。

 領の身の丈に合わない派手なトーナメントがしたかったのだ。

 死んだユーリーを偲ぶよすががそれしか残っていなかったのだ。


 ユーリ-の為にトーナメントは盛大で無ければならなかった。

 息子代わりの黒騎士は負けてはならなかった。


 遠からず事業は破綻していただろう。

 黒騎士といえど不敗とは行かなかっただろう。

 いずれデイモンも手に掛けていたかもしれない。

 ユーリーの戦友だったアガタに潰されたのは運命だったのかもしれないな。


 本当にわしの人生は悔いばかりだ。

 そして最後は没落し、ただ一人だ。


「こんな所に居たのですかゴーバンさま、探しましたよ」

「お、ケインさま、見つけましたかいっ」

「黒騎士、それから……」


 そこに立っていたのは黒騎士と、手下の髭のハゲだった。


「お前達、どうして……」

「ゴーバンさま、どこに行かれるのですか?」

「それは……、ユビラ平原を一度見ておきたいと思ってな……」

「ユーリー隊長の逝った場所を見たいのですね。では、ご一緒させてください」

「……、どうしてじゃ、もう給金は払えんぞ。今のわしは平民のジジイだ」

「これまで過分に頂いておりますから、しばらくは問題ありませんよ」

「わっしはケインさまにお給金をいただきやすのでご心配無く。お世話の者がいなくっちゃあねえ」


 ケインと髭ハゲは屈託の無い笑顔を見せた。


「どうして、どうしてじゃ、わしは全てを失ったのに」

「騎士は主に忠誠を尽くす物と、ユーリー隊長に教えられました」

「ユーリーが……」


 わしは胸が一杯になった。

 ああ、ユーリー、お前は、こんなにも部下に慕われた騎士隊長であったのか。


「ケインさま、船の席を確保してきまさあっ」

「ああ、行ってこいゴンザレス」


 あいつはゴンザレスというのか……。

 長い間手下にしていたが、名前も知らなかった。


「ユビラ平原からユーリー隊長の遺体は運べませんでした。その場で荼毘に付しました」

「ああ、帰って来たのは一握りの灰だった……」

「隊長は最後に私にこう言いました。ケイン、生きて帰れたら親父に仕えてくれ、って」


 わしはその一言に打ちのめされた。

 涙がぼたぼたと流れ落ちた。


「ああ、それで、ケインお前は……」

「はい、隊長の遺言でしたので」

「わしは、わしは、そんな事をされる資格は無いのだ。わしが軍事物資を横流ししたせいで、ユビラ平原の戦いは連合国軍が不利な状況で始まったのだ。わしがユーリーを殺したような物だ。そんな、そんな好意を受ける資格は……」

「ユビラ平原で、我々がいかに戦ったか、ユーリー隊長がどれだけ勇ましく魔王と戦い、撃たれ、そしてその魔王をアガタがどうやって倒したか、説明いたしますよ」


 ケインの眼からも涙が流れていた。

 ああ、ああ、なんという事だ。

 わしはなんという間違いを犯したのだ。


「もう、取り返しがつかない、わしは間違っていた」

「誰でも間違いはします、また立ち上がれば良いのです」


 ケインは息子のようにわしの背中をぽんぽんと叩いた。


「ユビラ平原での墓参りが済んだら、またトーナメント馬上槍仕合を始めましょう、ゴーバンさまは私のマネージャーになってください」

「わしにできるだろうか」

「できますとも、ユーリー隊長のためにあんなに必死になってトーナメント馬上槍仕合を立ち上げたあなたではありませんか。今度は隊長に恥じないよう正々堂々としたトーナメントをしましょう。勝っても負けても良いんです。一生懸命やる事が隊長のなによりの弔いになると思います」


 わしは両手で顔を覆い、子供のように泣いた。

 ああ、そうだ、また立ち上がるのだ。

 それがユーリーの願いなのだ。

 ケインと一緒に、またトーナメント馬上槍仕合の頂点を目指そう。

 今度は正々堂々、不純な手を使わず、只ひたすら仕合を楽しもう。

 今度は間違わなければ良い。


 ユーリーそれで良いんだな。


 わしはケインとゴンザレスと一緒にユビラ平原に行き、ユーリーの足跡を確かめた。

 その後、わしらは懐かしいユーリー記念競技場に戻るのに五年の歳月を費やした。

 競技場の名はアガタが付けてくれたそうだ。


 ケインは勝ち上がり、その時のチャンピオンのゾーイを倒した。

 とてもとても嬉しかった。


(人妻ユニコーンライダー、完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人妻ユニコーンライダー 川獺右端 @kawauso

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ