其ノ十五 真木柱

 それを見た女中のお千代は大きな声で、

「いやあ、誰か!」

 と叫び、ひざに赤々と焼けた香炭こうたんが乗ってしまって、火傷やけどをしかかって居る高蔭たかかげは慌てて、

「ひ、火箸ひばしを、火箸を!」

 と大声を出しました。


 その声を聞いて、

「一体、何ごとどすか?」

 と隣室で朝食を取って居た高蔭の両親も慌てて駆け着け、視界をさえぎる白い灰煙はいけむりを手で払いながら大騒ぎをしましたので、今おりくがしでかした事は、四ツ井よつい本家に住む全ての人々の知る所となってしまいました。


 透かしのの、薄い生地の高蔭の着物には簡単に火が燃え移ってしまい、皆でおおわらわで火を消し止めようとして居る様子とその炎を、放心したお六はその場にへたり込んで、うわの空で、只々ただただ茫然と眺めて居りました。


「独りゐてこがるる胸の苦しきを 思ひあまれる炎とぞ見し」


(ひとり取り残されて、焦がれる私の胸の苦しさが 思い余って燃え出た炎のように見えます)


 お六は空っぽの心に、色彩の無い虚無の眼差しで他人事の様に、この源氏物語の真木柱まきばしらじょうに出て来る和歌を、ぼそりと呟いたのでした。



      第三帖 夕顔 完



来週から 第四帖「薄雲」に続く

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