其ノ十四 香炭

 ただならぬ空気で夫婦の会話が続く中、

「失礼します」

 と女中のお千代が朝食のご飯の入ったおひつを運ぶ為、高蔭たかかげとおりくが話をして居る次の間に、礼儀正しくひざを着いてふすまを開けて入って来ました。


 その時に御座います。


 お六は心此処ここに有らずと言った表情で、まるで何かのものに取りかれたかの様に、ふらふらと立ち上がり、香りを衣類に移す為に香炉こうろかぶせて有る、竹の伏籠ふせごを左手で引きつかんで開けると、白い灰の中で赤々と燃える香炭こうたんの入って居る火取りの香炉こうろを右手に取り、ぜんの前に座って居る高蔭に向けて、思い切り投げ付けました。


「あっ」


 高蔭は突然の事で、自分の身に何が起こって居るのか、直ぐには分かりませんでしたが、ただ目の前には、もうもうと舞い上がる香炉の白い灰と、自分の肌近い衣服の上に熱い香炭が落ちて来て、髪の毛を焼いた時にするような生臭い、絹地の焦げる臭いがする事に気が付いたので御座います。



明日に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る