其ノ十二 眉

 高蔭たかかげは意を決して、低い声で静かにこう切り出しました。


「実は……今日は人を……。子供を引き取りに行く」


 子供とは……まさかあの、町の小路こうじのお夏と言う女の産んだ子……? 

 おりくは突然の事に混乱して頭の中が真っ白になり、近頃はいつも、一度こうなるともう脳の中から、誰の言葉であっても素直に受けれる素地そじが消えて行くのでした。


 お六がしばらく黙って居るので、高蔭は頭を下げて、

「今まで黙って居て済まなかった。実はお六……、前に話した人の……お夏の娘を四ツ井よついに引き取って、住まわせようと思って居る」


 と口にするとお六は、混乱して意識が霞んでいるような脳裏にようやっと、ぼんやりとしたある映像を思い浮かべました。それは、ふらふらと護身ごしん用の短刀を持って町の小路に彷徨さまよい出たあの日、藍色のまりを手に、無邪気にお六に微笑みかけて来た、高蔭に似た涼しげな眉を持つ愛らしい、数え二つ位の少女の姿でした。


「あなた……。あなたはあのお夏さんの娘を、私に育てよと仰るのですか?」


 お六は、震える声で高蔭に尋ねました。



明日に続く

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