其ノ十一 沈香

「本日は本当に良いお天気ですね。この黒の単衣ひとえには、こちらの色目いろめ羽織はおりがお似合いになりますよ。の生地のお着物は、元より涼やかですけれども、やはりまだ汗ばむ季節でしょう? 

 今日は薫物たきものに、涼やかな舶来物はくらいもの沈香じんこうを合わせて見ましたのよ」


 そう言って、香炉こうろを指差して穏やかに微笑む今朝のおりくは、縁側えんがわ越しの庭に咲き誇る、白や藍の竜胆りんどうの花の様にりんとして、それでいて上品でそこはかとなく色香いろかの漂う、高蔭たかかげがかつて、この人をこそ生涯の伴侶はんりょにと選んだ、愛おしくも美しい貴婦人なのでした。


「お召し物の支度したくは整いました。

 わたくし、本日は体の具合が宜しいの。一緒に美味しそうな朝餉あさげあじを頂けそうよ」


 お六は微笑みながらそう言って、自分のぜんの前に行儀良く座ると、

「そうそう、あなた。本日はおめかしをなさって、どちらにお出かけになるおつもりかしら?」

 と高蔭に尋ねました。



明日に続く

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