其ノ六 絵

「おりくはん、あん人なあ……。正直うちらも手え持て余しとるんどすわ。

 このところ、奥の仕事も何にも出来ひんし、目えは座ってはるし、むつかしいなあ。

 寝室の掃除をしたお千代ちよの話やと、なんや夜中に急に叫んだり、壁に物投げつけたり、昼には行く先も告げんと、一人でふらふらどっかへ出かけはったり、もうどないもこないもなりません言うて。


 あんさんかて何か知ってはるんやろ。あん人がおかしなったって」


「……」


 そう母の良子よしこに言われて、思い当たる節が有るだけに、高蔭たかかげはただ黙ってうつむくしか有りませんでした。


 自身も実際にあの夜、お六がまるで物の怪にでも取りかれた様な形相ぎょうそうで、刃物を持ち出して暴れた時の記憶が、日常何をして居ても不意に、脳裏のうりにはっきりした絵が焼き付けられた様に思い描かれて胸が苦しくなり、お六本人が至って落ち着いて居て、昔の様に穏やかで優しく振る舞ってくれて居る時ですら、何か底知れぬ不気味さを感じる様になって居たのですから。


 女とは口さがないもので、お六のおかしい様子など、早速すべて父母にまで知れ渡ってしまって居るのだな、一体自分はお六をこれからどうして行ったら良いのだろう、と高蔭は思案に暮れて居りました。



 明日に続く

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