其ノ三 丸行燈

「あんさんにおりくはんの他に女が居はる言う事は、女中らから何とは無しに耳に入って居りました」


 高蔭たかかげの母良子よしこは、菊の刺繍ししゅう金糸きんしで入った絹地の脇息きょうそくに寄りかかり、それでも背筋だけはしゃんとさせたまま、自身の化粧の間に呼び出した高蔭と差し向かいになり、この城下に嫁いで来てもう何十年にもなるのに、わざと直していない京言葉の起伏きふくで話し始めました。


 桔梗ききょうがらを透かした京風の丸行燈まるあんどんの柔らかい光とは対照的に、良子の表情は厳しく、何故この様な大事な事を、前々から我々に話して置かなかったのかと責める様な強い視線が、薄暗い闇の中でも高蔭にははっきりと分かりました。


「しかしまあ、よそさんに女の一人二人居はるんは、男の甲斐性かいしょう言うものかも知れませんけど、まさか娘まで居はる言うんは初耳でした。


 それにまあ、長吉ちょうきちの話だと、女の方は町医者に労咳ろうがいや言われたて聞いとります」



明日に続く

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