其ノニ 甘鯛

「おりくはん。あなたは結構」


 しゅうとめ良子よしこは、切り捨てる様にこうお六に言いました。


 思えば六年前、公家くげの血を引く誇り高い姑が、豪商ごうしょうを営む私の両親に、三顧さんこれいで是非私を嫁にと願い出てくれたと言うのに、跡継ぎを産む事無く過ごした五年の間に随分と姑との関係が冷え切ってしまったものだ、とお六は思うと、はたから見れば誰もが垂涎すいぜんして、庶民なら生涯口にする事もない様な豪華な甘鯛あまだいの焼き物にも、とても箸を着ける気にはなれませんでした。


 一方高蔭は、母の厳しい態度を目にし、もしや長吉ちょうきちからお夏を囲って居る事がとうとう母にばれてしまったかと、少し身の縮む様な思いでしたが、流石さすがにまだまだ若い盛りの男子だんじしつけの行き届いた美しい箸使いで、香ばしく焼けた甘鯛の身を綺麗に外して口に運び終えると、すべてが平らげられたうるわしいから漆器類しっきるいに丁寧に手を合わせ、


「ご馳走様ちそうさまで御座いました」

 と、一礼してから席を立ちました。


明日に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る