後編 香炉

其ノ一 姑

高蔭たかかげさん。長吉ちょうきちに話は聞きました。

 大事なお話があります。後で私のしつに来なさい」


 いつもの様に、豪奢ごうしゃ伊勢いせの山海の幸のぜん各人かくじんの前を彩る四ツ井よつい本家の夕餉ゆうげの時、高蔭の母、良子よしこ眉間みけんしわを寄せた厳しい表情で高蔭にこう言いました。


 おりくしゅうとめである良子は、公家くげの血を引く名家から、この豪商ごうしょう四ツ井に嫁いで来て三十年になり、良子の姑が身罷みまかって自分の代になってからは、二十年以上この家のおくを取り仕切って来ましたが、お六が嫁いで来た時、いったん代を譲り隠居いんきょを決め込んでいたのを、この一年ほどお六が病みがちになってからは、再び四ツ井の奥を取り仕切る、かなめの座に返り咲いて居りました。


「あの、私も……、ご同席致しましょうか?」


 このところ常ながら食欲の無いお六は、締めたばかりで反り返っている、美しくつくられた桜色の小鯛の刺身にすら箸を付けず、ほんの少しお新香をかじっただけで箸を置いて、恐る恐る姑にこう尋ねました。


明日に続く

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