其ノ二十一 見覚え

「え? 何だと?」


 と先生が驚いた声で仰って、老婆ろうばの声のする方をご覧になりますと、襦袢じゅばん羽織はおりを引っ掛けただけの着の身着のままの服装の、やつれた顔の女が逃げる様に走り去ました。


「うむ……。あの顔は何処かで見たような……」

 先生はその女の顔に見覚えが有った様ですが、中々思い出す事が出来ません。


 私は子供の事が気になりましたので、

「お玉ちゃん、大丈夫? お怪我は有りませんか?」

 と尋ねますと、


「だいじょぶ。お花、もらった」

 と少女は言って、広げた五本骨の風雅な蝙蝠扇かわほりおうぎの上に、白く可憐でなよなよとした、それでいて存外ぞんがいしたたかに咲いて居る夕顔の花が置いて有るのを、得意げな表情で私と先生に見せました。


 ああ、これはまるで源氏物語の夕顔の君が、頼りない夕顔の枝を折り取った源氏の君のともの者に、これに載せたら良いと、女童めのわらわに扇を渡させた場面の様だ、などと私は思いましたが、それよりも気になったのは、少女がさっきの見知らぬ女に貰ったと言う蝙蝠扇かわほりおうぎかなめの所に、小さく四ツ井よつい家の家紋かもんが絵付けされて居た事でした。



 明日に続く

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