其ノ十九 蝙蝠扇

「ああ、あの白いお花ね」


 少女が子供らしく少し下膨しもぶくれのほおをぷうとふくらませながら、何の曇りもない目でじっとおりくの顔を見上げて居りましたので、お六は少女の言う通りに、素直に白い夕顔の花を取って上げようと思いました。


 お六は切懸きりかけに手を伸ばし、少女の指さして居る辺りの夕顔の枝を折り取ろうとしましたが、思ったよりもつるが丈夫でうまく切れませんでしたので、ふところに有った例の護身ごしん用の短刀を使って、白い花の付いた蔓を器用に外したのでした。


「さあ、取れましたよ。でもこの花はちょっと、なよなよとして居て持ちづらいわね」


 お六は優しい声で少女にこう言うと、今度はふところに携帯して居た白い和紙製で、かなめの所に小さく四ツ井よつい家の家紋の付いた蝙蝠扇かわほりおうぎを取り出して広げ、切り取った夕顔の花のついたつるをそっと載せると、

「これならば形が崩れずに持って行けますね」

 と言って少女に手渡しました。


 その時に御座います。


「あああ、大変だ! 妙な女がおたま様を! しかも、ありゃあまあ、は、刃物を持って居るじゃあ無いか!」

 と、かわやから戻って来たお玉の子守りの老婆が、近所中に聞こえる様な大声で、お六を見咎みとがめたので御座います。


 明日に続く

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