其ノ十八 輪郭

 その時に御座います。


「おばたん、はい。まり」


 無邪気なおさはそう言うと、小さな山紅葉やまもみじの様な手に、藍色あいいろの光る手鞠てまりを載せて、おかっぱにいで両の耳元に藍紐あいひも蝶結ちょうむすびに飾った豊かすぎる髪を揺らして、一生懸命こうべを上げておりくに渡して来たのでした。


 ああ、この子の鼻筋、目元、頭のかたち……。なんと高蔭たかかげにそっくりなのだろう。ぷいと横を向いた時の顔の輪郭まで、愛してまない夫の姿形すがたかたちをすっかり写し取って、大人のこぶしぐらいの小さな顔の上に、美しく揃えて有るのだ。


「ああ……。はい、有難うね」


 お六はそう言って、先ほど憎しみと嫉妬の余り一瞬恐ろしい事を考え、握り締めていた短刀のつかから、冷たい汗で粘り着いていた震える右手を引きがし、罪の無い子供にまで危害を加えようとした自分を、激しく悔いたのでした。


 短刀をふところに戻すと、お六は膝を曲げてかがみ、両手を少女の胸の高さに広げ、その藍色の鞠を受け取ったのでした。


 すると、少女はもう鞠遊びには飽きたのか、


「おばたん、おはな、とって」


 と言って切懸きりかけの、少女にとっては少し高い所にって居る、白い夕顔の花を小さな指で指し示し、お六に取って来る様にねだったのでした。



 来週に続く

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