其ノ十七 因縁

 少女にばあやと呼ばれた女は、離れの便所で用でも足して居たのか、すぐには駆けつける事が出来ず、夕顔の切懸きりかけの有るあばらの方から、


「あれあれ、おたま様。遠くへ行っては行けません! おなつ様に叱られます。

 今行きますから少々お待ちを」

 と、しわがれた声でその女の子に声を掛けました。


 お夏……? 

 この子の母親は、夫の心を奪ったあの憎い女、お夏だと言うのか?


 思えばこの子さえこの世に産まれて来なければ、夫の気持ちがここまで私から離れてしまう事は無かったであろう。貧しい貧相な女が一人、金持ちの男のなぐさみ者にされただけの事と、見過ごす事もあるいは出来たかも知れない。


 けれどもこうして小さな人の形をして、私のほんのすぐそばに現れたのをの当たりにすると、お夏と夫との、前世からの浅からぬ因縁いんねんと言う物を、突き付けられずには居られない。


「やはり、憎い……」


 おりくはそう考えると、青ざめた顔に、色の無い硝子玉がらすだまの様な目をして、ふところに有る護身用ごしんようの短刀のつかに、震える右手を掛けたので御座います。

 


 明日に続く

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