其ノ十四 鮮血


 山吹の花色衣はないろごろも 袖濡そでぬれて いはで思ふぞくちなしの花


 何をして居ても、湧きかえる下行したゆく水の如く、あなたを思って居ます。



 お夏はそう書かれたむすぶみを見て、枕草子まくらのそうしやら、古今和歌集こきんわかしゅうやら、幾つもの古典の要素を盛り込んで、高蔭たかかげが一生懸命相聞歌そうもんかを考えている姿を想像して、思わず顔がほころびました。


 結び文には、白い梔子くちなしの花びらも挟まって居りました。

「ああ、あの方のお屋敷にも、ここと同じ梔子くちなしの木が植えられているのかしら……?」

 お夏がその花びらを、愛おしそうにそっとほほに押し当てた、その時に御座います。


「うっ」

 お夏は急に胸が苦しくなり、思わず前屈まえかがみになると、自分の口に手を当てました。


「血が……」


 お夏は自分の口から真っ赤な鮮血せんけつれている事に気が付いて、激しい衝撃を受けました。


 先ほどまで頬に押し当てて居た梔子くちなしの白い花びらがひらりと落ちて、坪庭つぼにわに自生して居る梔子くちなしの木の方に目をると、お夏が今吐いた鮮血の一滴ひとしずくが丸く宿る夜露よつゆにじみ、月明かりに照らされて怪しく光って居たのでした。



明日に続く

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