其ノ十三 坪庭

「ほんに、重くなりましたねえ。よしよし」


 お夏は抱き上げた娘の、二貫にかんほど有るずっしりとした重みに、生まれた時は両のてのひらだけで支えられるほど小さく弱々しかったのに、よくぞここまで大きくなって……と成長を嬉しく感じながら、あやす為に背中をとんとんと叩いたり、上下に揺すったりしながら坪庭つぼにわに降りて行きました。


 坪庭には、何処からか種が飛んで来て自生している、夜露よつゆに濡れそぼった可憐な梔子くちなしの白い花が咲いて居りました。


 鼻を突く、むせ返る様な甘い匂い……。たしか、先ほど息苦しくうなされて目が覚めた時に、夢に出て来た美しい女の全身から、ほとばしる様に同じ匂いがして居たような……。


 お夏の脳裏のうりには、ちらりとそんな事が浮かびましたが、

「まあきっと、この坪庭に咲いている梔子くちなしの花の香りが、風に乗って寝所しんじょまで流れて来ただけでしょう」


 と思い直し、ふところに手を差し込むと、この所忙しくてあまりこちらに顔を出していない高蔭が、夕方丁稚でっちの少年に持たせてくれたむすふみを、そっと取り出して静かに広げたのでした。


 来週に続く

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