其ノ九 子宝

「そう言えば先ほど……」


 少し落ち着いたおりくは、先刻せんこく剃刀かみそりの騒ぎの時に、気が動顛どうてんした夫が口にした言葉を思い出して居りました。


 おなつ? むすめ……? 


 確かそんな言葉を口にした様な……。夫とその女の関係は、お子までもうけた浅からぬ間柄あいだがらで有ったとは。この四年間私がどれだけ努力をしても、一向に授かる気配の無かった子宝こだからを、そのお夏とか言う、何の取り柄も無いと女中たちに噂されている女が、易々やすやすと手に入れるなど……。


 しかも、その「お夏」と言う女の名、思えば過去に何処どこかで……、何処かで耳にした事が有った様な……。


 そうだ、あれは確か、以前この越前屋えちぜんやに奉公して居り、いつの間にか何処かへ出奔しゅっぽんして行った、虫一匹殺す事すら出来そうもない、幼い、ほうけた顔の貧しい下働きの下女げじょで有ったはず


「許さぬ………! お夏、決して其方そなたを許さぬぞ………」



明日に続く

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