其ノ七 後悔

「頼む! 頼むからめてくれ! おりく、お前は生きていておくれ。

 おなつの事は、落ち着いたらきちんと話すから。娘の事も……」


 これを聞いた途端、狂気となって居たお六の右手から、はたと全ての力が抜け、握り締めて居た剃刀かみそりが、刃先を下向きにしてその場に落ち、畳の上に散らばって居た梔子くちなしの白い花びらの一枚をつらぬきました。


 高蔭たかかげは、今だ、と思って震える手でその剃刀を拾い上げ、自分の浴衣ゆかたの帯の間に差し込むと、ふと先程、咄嗟とっさに恋人のお夏の名と、子供の事をお六に話してしまった事が悔やまれました。


 全ては自分のしでかした事への因果応報いんがおうほうとは言え、この様な自分の妻の正気で無い姿を、一度でもこの目で見てしまったら、この先自分はこの人を妻として、以前と同じ様に愛おしいと思い続ける事が出来るかどうか、その事も不安になったのでした。



明日に続く

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