其ノ三 さぼん

 その時、何も知らない高蔭たかかげが湯から戻って来て、鏡台きょうだいの前に座り込んで居るおりくを見て、無邪気にこう声を掛けました。


「お六? 寝化粧ねげしょうをして居るの?

 お六はそんな事をしなくたって、いつだって綺麗なんだから。

 さあ早く、こちらへおいで」


 高蔭はお六に優しくこうささやき、つやの有る洗い立ての若々しい黒髪の一部がしどけなくほつれて、舶来物はくらいものの貴重なの良い香りを漂わせながらお六の肩を抱くと、お六は先ほどまで一人で思い詰めて居た恐ろしい計画などまるで無かったかの様に、


「ええ、あなた。ちょっと眉をって居ました。只今そちらに」


 と言って、剃刀かみそりをことりと鏡台の上に置くと、あらがすべなく甘いさぼんの香りのする高蔭の腕の中に落ちて行ったのでした。



明日に続く

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