其ノニ もの思い

 今日も、終日鬱々うつうつともの思いにふけって過ごしたおりくだったので、もしかしたら夫の高陰たかかげは今この瞬間にも、例の何の取り柄も無いと言う町の小路の女のそばに居るかも知れないと想像し、窓越しに黄昏たそがれて行く空を眺めては、目からあふれ出て来る涙を止める事も出来ず、動悸どうきがして胸を掻きむしりたくなりました。


 しまいには、とこに生けてある梔子くちなしの花の甘い香りがどうにも鼻に付き、吐き気までもよおして来ましたので、花瓶から一本取り出しては剃刀かみそりでばらばらにし、もう一本引き抜いては手でちぎりなどして居ましたが、時折ふと我に返って、慌ててその茎や花弁かべんを紙に拾い集めて捨てるのでした。


 そうこうして居るうちにお六は、こんな私の様な形ばかりの妻など、生きて居たとて仕方有るまい、あんな女に取られる位なら、夫が湯から戻って来たら、いっそ二人諸共もろともに……と思い至り、先ほど花をもてあそぶのに使って居た剃刀に、手を伸ばしかけたのでした。


明日に続く

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