其ノ十四 撫子

「そして……。今年の春頃には、お夏がみごもったことを知ったのです」


 高蔭たかかげが目を伏せて感慨深げにこう言うと、先生は、


「山がつの 垣ほ荒るとも 折々に

 あはれはかけよ 撫子なでしこの露、か」


 と源氏物語の帚木ははきぎじょうに有る、夕顔の君が最初の恋人、頭中将とうのちゅうじょうの為にんだ『こんなあばら家で生まれた子供ですが、どうか時々はあわれを掛けてやってください』、と言う様な意味の歌を思い出して、こう呟きました。


「生まれて見ると、子供と言うのはこの上も無く愛おしいものであろう? 私も最初の子供、春庭はるにわがこの世に生まれて来た日の事は、今でもこまごまと、はっきりと思い出せる。

 お夏さんのお産には私も偶然立ち会ったが、逆子さかごでそれはそれは大変な難産であった。

 おたまと言ったか、あの赤子は生まれ落ちた時、一度は息絶えたかと思ったが、それはそれは頑張ってこの世に産声を上げ、生を勝ち取ったのだ。

 子に罪は無い。ただ……」


 先生はわんふちをじっと眺めながら、辛そうにうつむいたのでした。



来週に続く

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