其ノ十三 茶匙

「ええ。人を使って随分とあちこちを探させました。そして遂に去年の夏に、あの荒れ果てた町の小路の家にお夏が一人、ひっそりと暮らして居る事が分かったのです」


 高蔭がこう言うと、先生は茶入れのなつめから茶匙ちゃさじで抹茶をすくい、二杯目の茶を碗にてようとして居らっしゃいました。


「あんなあばら家で暮らして居て、お夏が女一人、どのように生計を立てて居たのだろうと不思議でしたよ。でも、そうした事は全く話してはくれませんでした。


 ただ、店を出る前は幼くてあどけない一方だったお夏だったのに、この時にはもう、何やらとても女らしくなって居て……。


 しかも、元々が裕福な商家の跡取り娘だから、和歌などの教養も有ってやりとりも面白く、それでいて知識をひけらかすでも無く、あくまで控えめで愛らしい女なので、いつとは無しに、どうしようもなく心惹かれてしまった……」


 高蔭がこう言うと、何かご自身にもこの様に、道ならぬ人に恋した身に覚えがお有りになるのか、先生は深妙な御表情で深く頷かれました。



明日に続く

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