其ノ五 常夏

「おお……。この方は相当顔色が悪い。ちょっと失礼して」


 先生はそう仰って女人にょにんひたいに手を当てると、

「ああ……。熱も相当高いな」

 と深刻な表情で、こう仰りました。


高蔭たかかげ、お前さんにもまあ、言いたい事は山ほど有るんだが……。

 ここではなんだな。お前の話は、後で家でゆっくり聞くとしよう」


 先生はこう高蔭に仰った後、患者の方に向き直って、

「お母さん、話は出来ますか? この症状はお産の後からずっと続いているのかね?

 あ、そうだ高蔭、このお方の名は?」

 とお尋ねになったので、高蔭は先生に対し少しかしこまって 、


「名は、お夏と申します」

 と答えました。


 先生は何かを思い出した様に、小声でこう呟きました。

「おなつ、か。常夏とこなつの、夕顔ゆうがおの君……。

 あ、いや何でもない。

 熱も有る……か。乳腺炎にゅうせんえんかも知れぬ。お夏さん、乳は右左かたより無く張って居ますか?」


 高蔭にお夏と呼ばれた女人は、具合が相当悪いのか、覚束おぼつかない表情のままで右胸に手を当て、

「ここのしこりが……」

 と弱々しく答えました。


「分かった。早速、胸部きょうぶ触診しょくしんする。

 あ、ああ高蔭、お前はしばし赤子あかごを連れて、あっちへ行っておれ!」


 ここは医者の領分りょうぶんとばかりに、先生は高蔭を寝所しんじょから追い払い、患者の診察を続けたのでした。

  


 連休明け火曜日に続く

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