其ノ四 体たらく

 吃驚びっくりして振り返った男の面差おもざしは、私にも見覚えが有りました。


高蔭たかかげ!」

「高蔭様では無いですか」


 先生と私は、ほぼ同時に彼の名を呼びました。


 家に帰れば美しく聡明な妻の居る四ツ井よつい高蔭たかかげは、それ以外の女と居る所を、知り合い、よりにもよって木居宣長もくおりのりなが先生に見られてしまったので、非常に決まりの悪い表情で、

「先生、お優さん。これには色々と事情が……」

 と言い訳しました。


 妻の居る男が、この様なていたらく……。まだ十九じゅうくの私には、男女の事は良く分かりませんが、実際にこう言う場面に出くわしてしまうと、これ以後男の人と言う生き物が、信じられなくなりそうです。


 そうこうして居るうちに、ふと母御ははご夕顔ゆうがお女人にょにんの方に目をると、先ほどまではかろうじて体を起こして居られたのが、今はとても苦しそうに、顔色も更に青紫あおむらさき色になって布団に横たわって居ることに、私と先生は気が付いたのでした。

 


明日に続く

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