其ノ六 餌皿

 その日、私お優は町の小路こうじの往診から木居もくおり家に戻り、夕方、玄関近くの植え込みの辺りで猫に餌を与えて居りますと、書生しょせいからしどけない浴衣ゆかた姿の春庭はるにわ様が、いつもの笑顔でふらりと現れました。


 その事に気付いた私は思わず、外から帰って来たままの自分のぼさぼさの髪と、しわの寄った襟元えりもとが急に恥ずかしく思えて来て、さりげなく手を当てて直しました。


 春庭様は庭履にわばきの下駄げたを軽く突っ掛けるように履いて、ほほに手を当てて猫の餌皿えさざらの前にじゃがむと、無邪気なお顔でそれを除き込まれ、こう仰いました。


「サビ、トラ、二人とも随分大きくなったね。たんとお上がり」


明日に続く 

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