其ノニ 返歌


「いにしへもかくやは人のまどひけむ わがまだ知らぬしののめの道 」


(昔の人もこんなふうに戸惑ったのかな。私がまだ知らなかった東雲しののめの、夜明けの恋の道行きを)


 すると、女もそれにこたえて、


「山の端の心も知らでゆく月は うはの空にて影や絶えなむ 」


(やまのように待つ、私の心も知らぬ気まぐれな月の様な、あなたのお心が空の途中で途切れてしまうのでは無いかと。心細い事です)


 この様な歌を返したので御座います。


 それを耳にした先生は、

「男女がいにしえの源氏物語の夕顔のじょうの和歌のやりとりを……。風雅ふうがなものだな。我々はちと、お邪魔だったかな」

 と仰いますと、

「とんでもない。お産からこの方ずっと、奥様のお体がすぐれず、わざわざ先生に来て頂いたと言うのに……。お医者様がいらしたと、私が寝所しんじょにお声掛け致しましょう。

 旦那様、奥様。失礼致します。お医者の先生がお見えになられましたよ」


 丁稚でっちの少年がそう言って、そっと寝所のふすまを開けると、こちらからも少しだけ、中の様子をうかがう事が出来ました。



明日に続く

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