其ノ十八 紅

 けれども……と、おりくは思います。あれは一年半くらい前からでしょうか、この人に他に通う女が居る気配を感じ始めたのは……。


 歌会だ、茶会だと昼間出歩く事は有っても、夫はそれまでは、朝まで帰って来ない事など一度も無かったのに。


 中室なかむろ妓楼ぎろうにでも女を上げて遊んで居るのならまだしも、うっかり聞いてしまった店の女中達の噂話では、町の小路こうじに何の取り柄も無い女を、囲って居るとか居ないとか……。


 お六は幼い頃から聡明で、花嫁修行にと親や養育係がくれる書物も、渡されればあっと言う間にすべてそらんじ、呉服問屋ごふくどんやが持って来る帯や反物たんものの選び方も、誰よりも上品で洒脱しゃだつ、そしてそれを着こなす器量が有りました。


 私には何の非も無いはず、なのにどうして……。


 つらつらとその様な物思いに沈んで居ると、お六はまたまんじりとも眠れ無くなり、先程うなされて目が覚めた時、体に染み付いた芥子けしの匂いを消すための香を焚き、九谷くたに紅皿べにざらべにを溶いて、ご自分の爪の先に塗っては拭い、塗っては拭いを、自ら止める事も出来ずに朝まで繰り返して居たのでした。



明日に続く

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