其ノ十七 縁組

 ああ、この方は優しい。いつだってそうだ。


 眠ったふりから一人目を覚まし、年下の夫、高蔭たかかげのまだ若く屈託くったくのない、健やかな寝顔を眺めていたおりくは、不意に夫への激しい愛おしさを覚え、すやすや眠るそのこめかみに掛かる一筋の髪の束を、夫が目を覚まさぬ様、そっと指ですくってもてあそんで見るのでした。


 この城下で、四ツ井よついと肩を並べるほど羽振りの良い江戸えどだな持ちの商家に生まれたお六が、これ以上似合いの縁談はそうそう無いと周囲に言われ、この家に嫁いで来て四年。


 その四年の間、高蔭は一度だってお六に手を上げた事は無く、歌人だけあって掛ける言葉も常に優しく、寝所しんじょでの振る舞いも、いつだって繊細で心配りの行き届いたものだったので、はたから見ればこのお二人は何の憂いもない、お似合いの裕福な御夫婦に見えた事でしょう。



明日に続く

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