其ノ十六 指

「おりく、どうした? 夜中に大きな声など出して。怖い夢でも見たの?」


 横に眠って居たお六の年下の夫、四ツ井よつい高蔭たかかげが先ほどのうなり声を聞いて目を覚まし、妻を心配してこう言いました。


「お前はこの所、良く眠れて居ない様じゃないか。大事無いか? 体をいとえよ」


 高蔭はそう声掛けして妻の肩を優しくぽんぽんと叩き、辛い悪夢にうなされて目覚めてしまったお六の、恐怖に震える上半身をゆっくりと敷布団の上に戻し、激しい寝返りで寝乱れた掛布団を、肩が冷えぬように掛け直すと、指の関節にお六が自分で付けた噛み跡のある、骨張ほねばってごつごつとした右手をいつくしむように御自分の両の手で包み込み、


「怖くないよ、大丈夫だから」

 と言って、お六が眠った振りで目を閉じるまで、起きてそっと見守って居るのでした。


明日に続く



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る