其ノ十三 産声

「あ! 泣いた……」


 産婆さんば渾身こんしんの力を込めて、動かない赤子あかごの尻を打つと、遂に五度目の一打で口から水を吐き、六度目でとうとう赤ん坊が、


「ああう!」

 と大きな産声うぶごえを上げました。


嗚呼ああ、良かった……。本当に……」


 私はこう言って、産婦の女人にょにんが固く藍色のまりを挟んで握り締めて居るその両の手を、自分の手を添えてほどいて差し上げると、毬はその場にぽとりと落ち、と同時にその方の瞳から、涙の粒が一粒落ちました。


 その女人は、先ほど恐ろしいものかれて居た人と同じ方とはまるで思えぬ、菩薩ぼさつ様のように慈愛に満ちた表情で、生まれたばかりの赤子を優しく見守って居たのでした。


「女の子だな。元気だ」


 先生も思わず顔をほころばせて、この世に生まれ落ちた新しい命を目にされて感慨深げなご様子でしたが、気を取り直し、

「おい、お優、何をして居る。湯だ、湯だ。赤ん坊を洗ってお上げなさい」

 と、いつもの調子で仰いました。



明日に続く

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