其ノ七 毬

産婆さんば様をお連れしました」

 丁稚でっち風の少年が、腰の曲がった見るからに年季ねんきの入った産婆の手を取り、このあばら屋に入って来ました。


「この子から聞いた。なに、逆子さかごだとね」

 産婆が先生にこう言うと、丁寧にたらいの水で手を洗い、早速自分でも産婦を触診しました。


「違いない。確かに逆子だ。木居もくおり先生、あと、お弟子の娘さん、あんた達の手も借りるんでそのつもりで」

 産婆がそう言い終わるか終わらないかの時に御座います。


「ああああ!」

 産婦の女人にょにんが苦しそうに一声上げると、

「ああ、お弟子様、そこの、そこの神棚かみだなに置いて有る、まりを。毬をこの手に握らせて下さい」

 と、息も切れ切れに私に頼んだのでした。


 それは、藍色あいいろの玉に薄紫の木綿糸を巻き合わせた、素朴ですが美しい、古い手鞠でした。



明日に続く

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