其の六 物の怪

「ひいい、ものだ、奥様が物の怪にかれた」


 次の陣痛じんつうの波がやって来た時、可憐で少女のようだった妊婦の女人にょにんが、顔を般若はんにゃのようにゆがめながらもだえ苦しみ始め、痛みにおびえて震えながら、今にもはかなく消えてしまいそうな様子だったのを見て、この家の女中の老婆がこのように怖がり始めました。


「お婆さん、今はいにしえの平安の御世みよでは無い。お産は物の怪の仕業しわざなどでは無いわ」

 先生は医者らしく努めて平静を装いながら、老婆をこのようにさとしました。


 私は、陣痛に苦しむ女人の手を握ろうと右手を差し伸べますと、その方の頼りなく細い指の先は、血の気が抜けて青みがかり、白い手のこうに血管が浮き出し、まるで夕顔の花の翡緑すいりょく花脈かみゃくの様に見えたのでした。



 週明け火曜日に続く

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