其の三 砧

「さあさ、先生。どうぞどうぞ」


 台所の土間どまと居間の間に下がっている素朴な藍染あいぞめなわのれんをくぐると、一人の老婆が先生と私に手招きをしました。先ほど少年が奥様と呼んだ、産気さんけづかれたの女性の身の回りの世話をする老婆なのか、

「奥様、お医者様が参りましたよ」

 と言ってたらいに張った水で絞った布巾ふきんで、その女主人のひたいの汗などを拭っておりました。


 このように人を使ってご自分の身の回りの世話をさせている身分の方のわりに、この家は古びており、壁も薄く、隣家りんかころもを打つきぬたの音や、粉を挽くうすの、ごろごろと雷のようにおどろおどろしく鳴る音が、こちらまで筒抜けで聞こえて参ります。


 一体、この家の身重みおもの女主人と言うのは、如何なるお方なのでございましょうか。



明日に続く

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