其の二 丁稚

「ええ、存じ上げております。只今この夕顔の花を、一枝ひとえだ折り取って扇に乗せて先生に……、と申し上げたい所でございますが、あいにく手が塞がっておりまして」


 私は、抱えている薬箱に目をりながら先生にこう申し上げますと、先生は笑いながら、

「そりゃあそうだ。平素へいそからそう風流な事も言って居られんからな。我々は日々のかてを得るために、仕事、仕事」


 などとお話をしている時の事にございました。


 その夕顔の咲いている切懸きりかけのある、お世辞にも立派とは言い難い古い民家から、商家の丁稚でっち風の、とおぐらいの年恰好としかっこうの少年が、息せき切って飛び出して参りました。


 その少年は、先生の髪型が総髪そうはつで、お召し物が十徳じっとく姿であり、従者の私が薬箱を抱えているのを見て取ると、

「ああ、良かった。先生、先生はお医者様でございますね? 

 あのう、奥様が、奥様が急に産気づかれたようで、しもの方からいきなり水が出て来て、私どもだけではどうにも。もし宜しければ、てただけないでしょうか? お代の方なら心配要りませんので」

 と言いました。  



明日に続く

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