其の二十五 黄昏

 比翼連理ひよくれんり……そう言われた源氏物語の桐壺帝きりつぼのみかど桐壺きりつぼ更衣こういも、長恨歌ちょうごんか玄宗皇帝げんそうこうてい楊貴妃ようきひも、果たして幸せになれたであろうか?


 玲姫れいひめ様はそう心の中で呟きましたが、大藩同士の政治のこと、この前田様とのご縁談をお断りするなど、私の立場ではとても出来るものでは無い、ともお分かりになって居られました。


 山際やまぎわの雲に浅緋あさあけ色を残して日が沈み、辺り一面が何とも言えない薄紫うすむらさき黄昏たそがれている中、和歌の朗詠ろうえいを終えた春庭様は、書院の広縁ひろえんの所にお座りになって居られる玲姫様に会釈えしゃくをなさると、静かに舞台のそでに向かってを進められました。


 その愛おしいお背中を池越しに見送りながら、玲姫様はこう思われました。


 私のような駕籠かごの中の鳥は、どんなにお慕い申し上げたとしても、春庭様のような美しい、そして自由な鳥とは、翼を並べて飛ぶことなど出来はしない。


 源氏物語の朧月夜おぼろづきよの君を気取って、扇子を贈ったり、花のうたげにお誘いして、あわよくばお話の一つも出来たらとはしゃいでいた自分の、その若い自由な日々が今日で終わりを告げ、そして私は遠国おんごくに嫁いで行き、二度と春庭様にお目にかかる事は無いのでしょう。


 この黄昏時たそがれどきが終われば、辺りは宵闇よいやみに包まれる……、私の人生も。


 玲姫様はそう思うと胸が締め付けられ、その大きな瞳から、思わず涙があふれそうになりました。



明日に続く

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