其ノ二十二 夕日

 喝采かっさいを浴びながら高蔭たかかげ下手しもてから下がると、今度は春庭様の和歌わか朗詠ろうえいの番に御座います。照り映える夕日の中、池で遊んで居た二羽の白鷺しらさぎ羽音はおとを立てて飛び去ると、藩主様ご一家が見守る中、上手かみてからゆっくりと春庭様のお姿が現れました。


 静かな雅楽ががくが池のから、皆様が見守っていらっしゃる書院の欄干らんかんを震わせ、散り際の山桜の花びらが幾枚いくまいも幾枚も風に舞うと、水面みなもに映って揺れている濃い紅色べにいろにじんだ夕日の上に、ひらひらと落ちて行ったので御座います。


 舞台の中央にお立ちになった春庭様は、濃い藍色あいいろ薄物うすものから、中にお召しの若々しい浅葱色あさぎいろころもが透け、落ちて行く夕日のくれないに溶け合い、元より整ったお顔立ちに、涼やかな御目おめを持ち前のご聡明さに輝かせながら、背筋を伸ばしてしゃくを手にお立ちになっておりまして、そのお姿は、このまま鬼神きしんに魅入られはしないかと、見る者の心を掻き乱す程に、大変お美しいものに御座いました。



月曜日に続く

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