其ノ四 結び文

 私は化粧の間での灸の施術せじゅつの仕事を終え、帰宅しようと百間廊下ひゃっけんろうかに出ますと、どなたか若々しい声の女人にょにんが、私をお呼び止めになりました。


「お優、お優! 一寸ちょっとこちらへ……」


 振り向くとそこには、あの火事の日、足を怪我して春庭様の背におぶわれて学問所の講堂に現れたあの姫君が、まるで私が化粧の間から出て来るのを待ち構えて居たかの様に、悪戯いたずらっぽい大きな瞳を綺羅々々きらきら輝かせて、腰高こしだかに印象的な絵柄を配した、若々しい朱色しゅいろの絹の小袖こそでに身を包み、目の前に立っていらっしゃいました。


 この様に身なりも家柄も良く、お美しいだけでなく愛嬌あいきょうまでお有りになる姫君であれば、殿方とのがたであればどなたでも、この方をお見初みそめになる事でしょう、などとつまらないもの思いを巡らせて居りますと、姫君は御手に何やらむすぶみの様な物をお持ちになり、私にこの様に仰いました。


「お優、お前は魚町うおまちの者だと、小姓こしょう弥之助やのすけに聞きました」



明日に続く

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