其ノ三 犬張子

 またしばらく腰をお揉みして居ると奥方様は、

「ああ、ようやっと届きましたか。お美代みよ、それはこちらのちがだなに、その打掛うちかけ衣桁いこうに掛けて、こちらに置いて良く見せて頂戴」

 と化粧の間に入って来たお女中に、寝そべった姿勢のまま御指示をお与えになりました。


 見ると、衣桁いこうには、私がこれまで目にした事もない様な、絹の白綸子地しろりんずじ登鯉のぼりごい松竹梅しょうちくばいなどのおめでたい模様が丁寧に刺繍ししゅうされた、まばゆい程にぜいを尽くした婚礼用の打掛うちかけが掛けられ、畳の上には、それはそれは見事なつやを放つ、漆塗うるしぬりの地の上に金蒔絵きんまきえほどこされた、耳盥みみだらいなどのお歯黒はぐろ道具が並べられました。


「見事な調度ちょうどでしょう? この城下には、目利きの豪商達がりすぐった、諸国の調度が集まりますからね。ここでしか手に入らない物を、ここに居るうちに揃えて国元くにもとに持ち帰るのですよ」


 私は奥方様のそのお言葉を聞き、目線をふと上げますと、桐箱に入った美しい貝合かいあわせのお道具や、昔から姫君がお輿入こしいれされると、御寝所ごしんじょでお使いになると何かの物語で読んだ、子沢山こだくさんを願う犬張子いぬはりこおぼしき、愛らしい犬型のつい張子はりこが違い棚に置かれて居りました。



明日に続く

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