其ノ十九 身分

 それと同時に、

「おうい! 春庭、頼む。ちょっとこっちに来てくれ。こっちの怪我人の止血の結紮けっさつを手伝ってくれないか。急いで!」

 と春庭様を呼ぶ宣長のりなが先生のお声が、講堂の奥から聞こえて参りました。


 春庭様は、

「はい、父上。只今参ります。では。」

 と姫君に申し上げ、慌てて立ち去ろうとなさると、姫君は、


「あの、あなた様のお名前は……」

 と春庭様にお尋ねしましたが、それをさえぎる様に、屈強な二人の小姓こしょうが姫君の肩をお押さえになり、

「姫様! 姫様はこの様な身分の者と、口など聞いては成りませぬ」

 と強くおいさめ申し上げたのでした。


 そうこうしているうちに春庭様は、重傷の患者様の所に駆け付け、お父上と共にてきぱきと治療を始められました。姫君はそのお姿を、愛おしそうに遠くから見つめるよりほか有りませんでした。


明日に続く

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