其ノ十七 形見

「ああ、すっかり君の事を忘れて居たね。」


 何度か猫をお飼いになった事のある春庭様は、慣れた手付きで、羽織はおりそでに入っていた三毛猫のさと姫の脇に両手を差し込んでそっと抱き上げると、優しく耳の後ろを撫でてやりました。


 そのご様子を、夢見る様な眼差しで見つめていらっしゃった有明の姫君は、

「さと姫は普段、見知らぬ方にこの様に大人しく抱かれる様な子では無いのですよ……」

 と春庭様に小声で話しかけると、また睫毛まつげをお伏せになりました。


「あ、そうそう。あなた様に、これを」


 姫君は、せめて今日のご縁の何かの形見にと、うつむいた視線の先、ご自分の帯と帯揚おびあげの間に差して居た、くだん白檀びゃくだん京扇子きょうせんすに目を落とすと、白磁のような細く美しい御手に取られ、春庭様に差し出したので御座います。




明日に続く

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