其ノ十六 睫毛

「右のすねの傷は、消毒して処置して置きました。他に具合の悪い所は御座いませんか? 煙を吸って頭痛がするとか……」


 春庭様は医者として淡々と姫君にこう仰ると、姫君は、

「あの……」

 と、伏せて居た長い睫毛まつげを上げ、吸い込む様な鳶色とびいろの、少し潤んだ様な黒目がちな瞳で、傷の処置のためにひざまずいている春庭様の目を見つめると、


「ここが……。ここが痛いのです」


 姫君はご自分の左側のふところに右手をお当てになりこう仰って、少し間が有って、ふと我に返り恥じらわれた様に、また睫毛まつげをお伏せになりました。


 その時突然、


「んにゃにゃにゃにゃ」


 と、あの姫の飼い猫のさと姫が目を覚まし、春庭様の羽織はおりそでの中から、出して出してと暴れ始めたので御座います。



来週に続く

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