其ノ十四 腰掛

 私は、春庭様のお背中に身をゆだね、安心し切った御表情をされて居るその貴人きじんの御顔を拝し、お二人の間に何が有ったかは分からないけれども、何かこう、少しだけ、胸に刺す様な痛みが走りました。


 春庭様は着くなり、この怪我人だらけの講堂の惨状をご覧になり、

「父上、怪我人は重度の者と、軽度の者との仕分けは終わって居ますか? さらし木綿や消毒用の焼酎は足りて居ますか? 私は、先ずは何からお手伝いすれば宜しいですか?」

 と矢継ぎ早に、宣長先生に医者としての現状確認の質問を投げかけましたので、


「ああ、こっちはぼちぼちやっとる。火防役人かぼうやくにんの話だと、火は大方おおかた消えた様だから、怪我人も、ここからそう増える事は有るまい。とりあえず、大火たいかに至らずに済んで良かった。

 ところで、お前の背中に居る怪我をしたお嬢さんを、あちらの腰掛こしかけに降ろして差し上げなさい。姫、腰掛ける事は出来ますか?」

 と先生は、姫君に優しく話しかけられました。



明日に続く

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