其ノ九 道場棟

「あっ!」


 ちょうどその時、城の方から火の粉が飛び火し、各流派の連なる道場棟どうじょうとうの中央辺りに有る、槍術そうじゅつ外海そとみ流の道場に火が燃え移った事に、春庭様は気付かれました。


 学問所の道場棟は、城に向かって横一列に並んでおり、漆喰しっくいも施されて居ない簡素な木造造りの建物群で、最初に出火した槍術道場から、瞬く間に剣術道場、柔術道場と、次々に火が燃え広がって行く様子でした。


「ああ、私一人で一体どうすれば……。そうだ、城の火防屋敷かぼうやしきから応援を呼ぼう」


 春庭様はあらんかぎりの大声を、腹の底から振り絞って、城壁の上の一段高い曲輪くるわに向かって叫びました。

「おおい! 誰か! こちらにも飛び火が! 道場が焼けてしまう」


 その時に御座います。


「みう」


 今にも焼け落ちそうな槍術そうじゅつの道場の軒下のきしたに、煙でも吸ってしまったか、弱々しくか細い声で、首輪に鈴を付けた一匹の身綺麗みぎれいな三毛猫が泣いて居るのを、春庭様は足元に見つけられたので御座います。

 


明日に続く

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