其ノ四 握り飯

 それからしばらくの間、春庭様は読書をなさったり、とどろきは寝転んで、直舎ちょくしゃがまるで我が家であるかのようにくつろいで過ごして居りました。


「ほんじゃ、まあ俺はこの辺で帰るわ。にぎめし、美味かった」

 と言って、指に着いた米粒を舐めながら、とどろきは腰を上げました。


「ちょ、おま、私の貴重な夜食の握り飯を勝手に……!」

 とどろきは春庭様が書に目を落として居る間に、四つ有った握り飯のうちの一つを綺麗に平らげ終わった所でした。


「まあ、せいぜい夜盗やとうに襲われんように、気を付けて過ごすんだな」


 そう言いながらとどろきは、しれっと春庭様の昆布の握り飯をもう一つふところに収めると、土間どまに幅を利かせて居る、巨大な臭い高下駄たかげたに足を突っ込み、直舎ちょくしゃを後にしたのでした。



明日に続く

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