其ノ五 朧月夜

 とどろきが帰った後、春庭様は宿直当番のお役目で有る構内の見廻りのため、竹刀しない大小だいしょうを腰に着け、直舎ちょくしゃをお出になりました。


 時刻は暮れ六ツ。沈んだばかりの入り日が、まだ霞の掛かった山のを紫に染めながら縁取ふちどり、城下を静かに宵闇よいやみに包んで行きました。


 構内のあちこちに植えられて居る遅咲きの梅の花の香りが辺りに漂う中、春庭様は人気ひとけの無い各流派の道場の戸締まりを確認して回られました。そうこうして居るうちにすっかり日も暮れ、ふと見上げると、鱗状うろこじょうの雲に半分覆われた下弦かげん朧月おぼろづきが、東の空をぼんやりと彩っておりました。


 父君ちちぎみと同じく和歌もたしなむ春庭様は、そんな朧月夜おぼろづきよの空に、どこか心惹かれるものを感じて、

「照りもせず曇りもはてぬ春の夜の」

 などと、古歌を口ずさみながら歩いておりました。



明日に続く

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